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2024/05/01 

 噂になった本というものの存在は知っていたし、別段深く考えたりはしなかった。というのも、いい年齢になった中年の自分たちにとって、妄想の対象となるのはそこまで珍しいことでもなかったからだ。ただ会議机に突っ伏している後輩だけは、本当に知らなかったのだろうとお互い顔を見合わせた。
「線の細い少年だったころかな」シュルクが咳払いして先にフォローを始めた。「周りの仲間が屈強すぎたんだ。で、僕の役回りやポジションはだいたい決まっていた……僕は知らないふりで通してきたんだけど、ある日幼なじみが一冊の本を差し出してきて、さめざめと泣き出してね。まあ初見こそ衝撃だったしショックも受けたけど、存在は知っていたから『相手がお互いなだけマシだと思おう。狭い村社会での通過儀礼のようなものだよ』と慰めたら、『これ、どこで見つけたと思う?』って……」
「ああ。婚約者が自室の宝箱に隠してたって話か。でもよ、俺はそれを聞いたとき思ったぜ。そういう噂がたつくらいシュルクは華奢で可愛かったから、『自分が守ってあげなきゃ!』と嫁さんも思ってくれたんだろ? 俺のほうはなんつーか……目も当てられない内容のやつが多くってなあ。こっちの世界でも少年趣味のやつは多かったから、いっそ自分で書いて商売にしてやろうって息巻いたこともあったな」
 レックスがあまりにも淡々と話すので、マシューが顔を上げる。シュルクは何とも言いづらい顔で言葉を繋げた。「……それ売れたのかい?」
「内容が内容だから活板印刷で三十部くらいな。匿名で。ただ男装の美丈夫ブームと美少女ブレイドブームが一気にきてよ。タイミングが悪かったのか、在庫は委託場所にそのままだ」
「……ッ! もっと真剣に考えてくれよ!」マシューは冷静な二人に向かって声をあらげた。「おかっ、おかしいだろ! おれ、俺の人権侵害だこんなの……だ、だいたい、なんで相手がシュルクとレックスなんだよ? もうちょっといるだろ、ほかに!」
「ほう。たとえば誰とだれかな?」にっこりと持ち上げた唇と裏腹に、シュルクの目は笑っていなかった。「金髪の可愛い機械系美少年や、ちょいツン狂暴美少女狙いだったのかい」
「冷酷中性美少女も御所望かな」それまで静かにしていたエイが続けた。「レックス、研いでいるその包丁をおろすんだ。近接距離では急所が狙えるぶんわりと真面目に剣より危ない。それで夕飯でも作られた日には、マシューの首だけでなく周りの士気が下がるし」
「冷酷中性美少女が相手のほうがまだわかるわ! つか絶対まっとうに考えてそっちだろ!? ずっと一緒にいたとき一度もそんな本お目にかからなかったんだが?」
「僕が抹消していたわけではないよ。冷酷中性美少女はどちらかといえば、相棒抜きでニッチな責めを繰り出すコアな役割を担っていたように思うね。ちなみに冷酷中性美少年バージョンも多少はあったんだよ」エイはちらりと視線を返した。「シュルク。知ってるかい」
「フィオルンの隠れ趣味を知ったメリアがその方面に詳しくなってしまって、皇国に帰るたび持ち帰ってあげてたよ。美少年ものは考察がしっかりしていて、重めの内容だった気がするな。書き上げている人の年齢層も高めというか数百年の重みがあるせいか、情景描写が素晴らしかったね」
「……」
「いや、僕は読み専なだけだ。別に気にしてない」シュルクはマシューの視線をたちきるように手を出した。「僕の名前が書いてあるものなら全て読みたいって懇願されたら、駄目とも言えないじゃないか。内容もどちらかといえばおとなしめというか、純愛系だったのでね」
「シュルクの場合は『蛸足触手に廻されたパンツスーツの裏地が濡れそぼち秘処を擽る』云々……みたいな内容とは縁がなさそうだよな」感情を抑えたレックスの声に、全員が青ざめた。「……なんだよ。ボウヤどもには生々しかったか? 生きていくためにはなんでも商売にしねぇとな。数百年単位で滅んで土地が無くなってくんだぞ。ん?」
「もう何も信じられない……こんな噂がコロニー中に広がった日には、お婿にいけない……」突っ伏したマシューは机を叩いた。
「ふふ……でも、すると不思議だね」シュルクは手元の薄い本をペラペラと捲り、顎に手を当てて唸った。「いま出回っているマシュー視点のものは、なんというか……僕が相手だと『金髪中年美丈夫による濡れ濡れ機械玩具責め』でレックス相手だと年齢差を意識した『長編いちゃラブ兄貴系純愛もの』……流行が変わったのか、時と共に僕らの需要が逆転したのか? しかも荒廃した世界観による軍事色強めの制服萌え寄り……なぜ僕の密かな性癖を知ってるんだ。レックスが水着フェチなのは予想がつくとしても」
 真剣に考察し始めたコロニーの金髪中年美丈夫に、レックスはおい待てと注意した。
「年齢差を意識したってなんだ。お前だって俺より年上だろう! あと水着はお前も好きなはずだ」
「……粋タイプ隠れごりマッチョは見慣れてるからなあ……まああの人は全部受け身だったし、僕は出番なかったのが寂しい気もするけど……あ、いや。趣味というほど読んじゃいないよ。女の子の水着に眼鏡が一番素敵だ。それだけでビジョン何十周もできる。そうか、そういう意外性がマシューなら軍服になるわけか……エイ、君はどう思う?」
「ぴっちりタイプのスーツ一択だね。君とはそういう趣味趣向がまったく合わなかったから、今のところ何ひとつピンときてないよ」エイはやれやれと頭を振った。「思うにシュルク、年齢を経てつちかった君の隠れごりマッチョ要素が、全てのブームをひっくり返してしまったんだろうね。もっと純朴に年を重ねていれば、マシューと君との立場も逆転していたはずさ」
「ああ。『ちょっと可愛い年下による精一杯尽くすタイプ系凌辱もの』だね。それは粋な人で見た覚えがあるよ。あれはプチブームを起こしてね……かわいそうに、相手はしばらく寝込んでしまった」
「たしかに、シュルクは尽くすイメージが拭えんのだよなあ……いや待て、お前話を聞く限り誰一人尽くしてはいないだろう。どっちかってぇと守られるタイプ……」
「それがね、レックス。君にはわりと尽くしているんだ。周りもそれを察してか『監禁尽くす系凌辱もの』と『年上権限リード強制権発動もの』が大量発生したことがあった」
 マシューが突然ああああと叫んだ。「知りたくねぇ……もう知りたくねぇよぉ。なんだよそのわけのわからんブームはよお。誰が買うんだそんなの……どう、どうせなら俺だって、可愛い美少女や美少年がよかった!」
「あるけどね。美少年と美少女もの」エイがすーっと机に出した本を、残り三人が見つめる。代表してシュルクが本を手に取った。「……まあノーマルだね。おっと、レックス。この議題が済むまで椅子から立たない約束だよ」
「あの可愛いガキをこれ以上カギロイに近づけるなと言ったよなあ? シュルク! うちの家系は自分より小さいものを見るとお姉ちゃん系衝動が抑えきれなくなるんだよ!」
「お姉ちゃん系衝動……これまた妙なブームが巻き起こりそうな予感がするね」エイは妙に楽しそうだった。マシューだけが恨めしげにその姿を睨んでいった。
「実際、あの二人はいいカップルだもんなあ」大きくため息を吐いて頭をかきむしる。「あああ……! お兄ちゃん系はねぇのかよ。俺ポジション的にはお兄ちゃんなんだぜ?」
「なんてことを言うんだ」シュルクが今までになく声をあらげた。「僕が兄妹ものだけは破り捨ててきた事実を知らないのか。世の妹命系お兄ちゃんたちはすべて滅ぶがいいさ」
 本音が駄々漏れているシュルクに、レックスはきょとんとしているマシューを指さした。
「マシューの顔をよく見てみろ。こいつカップル幅の禁忌を越える恐ろしさをわかってないぞ。異種族混在世界だけしか知らんせいで近親のなんたるかもよくわからんはずだ」
「きん……? 妹は妹だろ。なにいってんだ」
「で」エイが助け船がわりに爆弾を落とした。「マシュー。いまのところブームは均衡だ。君はシュルクとレックス、どっちの本が好みだった?」
 マシューは頭を傾げ、一拍遅れて口をパクパクさせた。「この、み?」
「ああ。それは是非ききたいな。もっともマシュー。君は僕より、レックスと多くの時間を過ごしているような気がするし、妄想とはいえこういった本の相手に僕が含まれるのは、さすがに不愉快だろうね」シュルクはパタンと本を閉じ、真横に座るマシューに向き直った。音でも立ちそうな勢いで椅子から流れた金髪が目にまぶしい。顔を覗きこまれて、マシューは跳ねるように手を振った。
「えっ……あ、いや。相手がどうとかじゃなくて……シュルクと話す機会が少ないのは、エイとの時間を邪魔したくないだけだ……」
 肩肘をついて微笑むシュルクは、なるほど美丈夫というに相応しい面立ちだ。マシューは期せずして読破してしまったあれやこれやの文章が、滝のように流れ落ちてくるのを感じて慌てた。
「おい、マシュー」約束通り立ち上がるのをシュルクに阻止されたレックスが、その肩を抱きすくめるようにして顔だけマシューの側に身を乗り出す。こっちはこっちで大人の色気だか三人嫁の威力だかわからない淫乱な雰囲気を撒き散らしている。「じゃあ、なにか。年上兄貴の純情につけこんで、夜な夜なこいつと体だけの関係で泣き暮らすほうが自分のイメージにぴったりなのか? え?」
「から、だ?」赤いのだか青いのだかわからない顔で、マシューは焦った。「レ、レックスは確かに兄貴みたいなもんだし……どっちの本でも体は預けてた気がするぞ! それがそもそもおかしいだろ。ありあまる若い精力に任してだな! 俺が、その……り、凌辱ってのを二人にする話じゃいけないのかよ」
 尻窄みになる言葉が小さくなって消えた。
「――さすがにそれは」レックスの腕を片手で掴んだまま、シュルクが微笑んだ。
「……なあ?」レックスもにやりと頬を緩める。
「実力差で捩じ伏せられるだろうね」エイは向かいに座っていたため、会議机の向こう側で誰かが走り去る姿を目に止めた。この距離だと会話の内容までは聞こえなかっただろう。しかし中年二人もその物影がわからぬような愚か者ではなかったし、気づけば自然に密着しやすくなる位置にまで互いの場所をずらしていた。明日からの新ネタ要素としては充分すぎるほど、絡み合っている風に見えないこともない。
「そうかよ。わかったよ」策略に気づかぬ愚か者だけは自分があしらわれたと思ったのか、両腕を組んでぷいっとそっぽを向いた。「ふたりにはもう頼まねぇ。相談した俺が馬鹿だったよ!」

 翌月になる頃には、コロニーの片隅で売られる薄い本のブームは、復活した中高年リーダーたちの愛のレクイエムに置き変わっていた。人の操作に慣れている二人がやりすぎたせいか、マシューは当て馬として登場することさえなくなった。内容の熟練具合と設定の細かさから、プロットをシュルクが執筆をレックスが担当している噂まで流れた。ふたりの間で接触が増えたな……といぶかしんだマシューがそれを知る頃には、ふたりはなに食わぬ顔でいつも通りだった。「とりあえず、お兄ちゃんは返上だね。君は念願の弟系ポジションだ」とエイが珍しく笑った。


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