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2018/10/07 

 ウッドプランナーの小磯さんが連れてきたのは、若くて二枚目の無愛想な青年だった。俺は渡された解体屋という名刺を持って、彼の顔をのぞきこんだ。
「我妻と申します」
「『花屋の花菱』山田です。いやあ、ビックリした。小磯さんの隠し子にしちゃ、髪の成育がいいから……」
「あのね、山田ちゃん。俺だって二十代のころは剪定いらずのフッサフサだったろ!」
「うん。うちの親父に差し木で殖やしたくなるくらいフッサフサだった」
 小磯は手持ちのメジャーをシャッと引っ張った。影の高さで木の大きさをはかるのが小磯流だ。俺はエプロンのポケットから鋏をシャキッと出した。我々は一触即発で向き合ったが、我妻くんはニコリともしなかった。
「ああ。それでロゴが花の菱形なんですね」
「店名、知らなかったっけ?」小磯さんはメジャーをしまった。「みんな服屋と間違うんだぜ」
「服屋ならまだマシだよ」俺は代替わりついでに店名を変えなかったことを今さら悔やんだ。「ーー暴力団と間違う人もいるよ」
「客に鋏を向けるからだろ。しまえって」
「お客じゃないでしょうが。たまには花を買えよ花を!」
「俺の専門は樹木だもん。また卸売業を始めるってんなら、俺だって上得意の顧客になるでしょ」
 俺はギクリとした。「卸売りはもうやらないよ。理由はわかってるだろ」
「元のカミさんか? 三下り半突きつけられて、懲りたのか」
 小磯は痛いところを直に突いてきた。俺は反論しようと無駄な抵抗を試みた。「違うよ……年だからだよ。嫁さんに店を任せっきりにしたのは、卸売業のせいもあるけどさ。もっと複雑なんだよ」
「うまくやってたじゃないか。今日、こいつを呼んだのはその件なんだよ」
 俺の驚きを待たずに、我妻くんは無表情にうなずいた。
「店を閉めるお手伝いをしています。なんでもご相談ください」


「とんだトラブルメーカーだよ。まったく、ロクな話を持ってこないんだから!」
「山田さん。なんて答えたの?」
「断ったよ。当たり前だろ!」
 いつもの居酒屋である。須田さんは運ばれてきた御通しを俺に追いやって言った。「卸売り、いまは儲からないの?」
「今も昔も、花の流通なんて似たようなもんだよ。俺がやってたときは開店祝い用の胡蝶蘭を扱ってたんだけど、パチンコ産業がもう下火だろ。他には葬儀用の菊とかーーこれも最近は安くて華やかな西洋式のプランがあって、駆逐されつつあるから流行らない」
「店を畳みたくないのか」
 須田さんは一人納得したような表情で、頬杖をついた。俺は気にかかった。「ーー親父が泣くよ。田舎じゃ、まだピンピンしてるんだぜ」
「大型量販店とコンビニの店舗拡大のせいで、商店街のほうは息してないでしょう」
「まあね。うちは須田さんところより、もっと離れてるから。昼間の客足が途絶えていることには、ほとんど気づかなかったけどーー」
 須田さんは首を縦にした。「家電の田口さんはインターネットを早いこと覚えたからね。通信販売の顧客を増やして、量販店に奪われた客も取り戻すのが早かったんだ」
「肉屋の正岡さんも強いよね。肉の花盛りで画像検索トップだよ。あそこは手羽先がもともと人気だったから、テレビ紹介やなんかでいつも行列だし」
「問題は他の店だよ。アキちゃんところと喫茶ハッピーは山田さんところの裏だから、商店街からは一番遠いけど。最初こそ物珍しさも手伝って、常連もできたのに。やっぱり伸び悩んでるだろ」
「……なに。うちも閉めたほうがいいって? 須田さんところよりは実益あるよ」
「そこで競争する気はないよ。ただ、十年後、二十年後のことを聞いてるんだ。山田さんは、どうするつもりかって」
 俺は適当に誤魔化して話をそらすか迷った。しかし口のほうはホロ酔いも手伝って勝手に動いた。「体力的な限界は正直キテるよ。須田さんもでしょ」
「僕は座っているだけだから」
「朝起きるのツラそうじゃんーー」
「そっちは寝てるだけだから……」
 妙な空気になる前に、二人同時にグラスを煽った。顔を見合わせて笑いが漏れる。
「卸売業者はね、人間関係が複雑なんだよ。店を開けてるだけで来る変な客より、数が多いんだ。もう二度とやるつもりはない」
「ーー小磯さん。山田さんのことを買ってるから、新しい商売を始めたいんじゃないかと思うんだ。察するに君が明言を避けたのなら、きっとまた来るよ」
 俺は首を傾げた。「来ないよ。俺、はっきり断ったよ?」
 店を閉めるとしたら須田さんが先だ。そのとき同じ過ちで台無しにしたくはない。華絵が出ていったのは些細なすれ違いが原因ではなかった。仕事を言い訳に誰かの犠牲を見て見ぬふりで過ごした日々が、楽天家の俺を少しだけ賢くしていた。

「また来るよ。必ず」

 須田さんが哀しげに微笑んだ。俺は急に居心地が悪くなって、不吉な予言を打ち消した。箸はそれ以上進まなかった。

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