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2017/12/16 

 商店街には昼は甘味処、夜は居酒屋に変わる便利な店もある。高い高いと文句を言いつつ、ここに来るようになったのは須田さんのせいだ。
 壁にかかっている舞妓の絵が好きらしい。テレビ鑑定で聞き覚えのある日本画家だったが、店主によると一枚四十万もするそうだ。俺はのけぞったが、須田さんは「えっ。安い!」と物欲しそうにしている。聞けば画家の生前に展覧会に行ったことがあり、当時は百万越えだったという。時代が変わって、二束三文になっているのだ。自身も一点ものにこだわりのある須田さんの店は、見た目よりかなり儲かっている。先週は鉄人28号の付録が高値で売れていった。
「僕さ」
 須田さんは串カツの串に酎ハイのストローについてきた薄紙を巻きつけながら言った。
「うん」
「韓流ドラマ好きなんだよね」
「へー!意外!」
「そう? 最近はみんな見てるよ」
 薄紙をくしゃくしゃと端に寄せる。
 俺は笑った。「ははは。みんなって須田さん、冗談きついよ。あんた友達いないじゃないの」
「え?」
「ん?」
「あんたなんなの」
 串を引き抜き、後にはただの丸まった薄紙が残った。
「俺? 俺は腐れ縁でしょ。古女房より長くいるんだし」
「奥さん出てったよね。だいぶ前に」
「あははは」実際はそれほど前でもない。「嫁に早くに先立たれて以降は独身で、健気に店切り盛りしてる女の子を何十年も狙ってる人よりはマシだよー」
「言っとくけどね、俺はそんなんじゃないよ!」
 須田さんはドンと机を叩いた。俺はいった。
「女の子って年でもないか。喫茶ハッピーのママさん」
「え?」
「ん?」
「……わざとだよね」
 俺は須田さんがやりかけて放置している遊びを終えるため、店員を呼んだ。
「水、おかわりくださーい。ね、明日はアキちゃんとこ行こうよ。そんでこの間は結局俺が払ったんだしさ、今日は払ってよ? ここ高いんだから」
 出てきた水にストローを差す。吸い口を押さえると少量の水が吸い込まれた。ちょん、と薄紙に水を落とすと、丸まった紙が花開く。「ヘビだね」と笑えば「ちがうよ。尺取り虫だよ」とわけのわからない反論が返った。
「いい時計してるけど」
 須田さんは俺の腕をじっと見た。
「え? ああ、うん。これいいでしょ。この間シマちゃんに『山田さん。いつもダラッとした格好してるけど、時計はイカしてますね』って言われちゃってさ。決算に余裕あったから、つい」
「余裕できたの、僕のおかげだよね。発注のマークシート全部埋めてあげたし、配達も僕がしたからだよね」須田さんは威圧的にいった。「バイト代もらってないよ」
「店番のついででしょ。ケチくさいこというなよ。なに。時計がほしいの? 町内会の予算で都合つけようか?」
「ちょろまかしじゃないか……ほしいのは物じゃないよ、ねぎらいの気持ちとかさ、ありがとうの言葉とか」
 須田さんとは長いつきあいである。お互い困ったときには財布の紐と、ちょっとした良心で繋がってきた。俺は机についていた腕を離した。
「須田さん、いつもありがとう」
「……」
 町内では山田スマイルと呼ばれている必殺技は、須田さんには効かない。
「本当にいい相棒だよ。アキちゃんなんて僕らがデキてると思い込んで距離とってくれたんだよ」
「え?」
「ん?」
 これは効果的だった。ショックを受けた須田さんは言葉を失った。俺はまた笑った。須田さんは少し考えていった。「韓流映画、僕んちで一緒にみる?」
「そういうのはお友達つくってから見なよ。おにいさーん!勘定お願い!」
「お友達……アキちゃん誘うか」
 ため息には実感がこもっていた。俺は慌てた。
「抜け駆けはなしだって約束したよな、須田さん。カヨさんが亡くなった日に!」
「じゃあ山田さん来てよ」
「新しい時計買ってくれる?」
「僕はパトロンじゃないよ。友達でしょ」
 しかしその日はパトロンが払ってくれた。俺は須田さんにしばらくして問いかけた。
「友達がいいの?」
「え?」
「ん?」
 なんの話だっけ、という顔をしている須田さんを置いて俺はスキップを踏んだ。駆け引きの続きはまた明日にしよう。





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