5(ケロ幕)

月並みのラブソング

ふっと目が覚める。
肩が凝った。全身だるい。それにちょっと寒く感じて、ちゃんと毛布をかぶって寝ようとあたりを見回したら風景が自室じゃなかった。
口の端ににじんでいたよだれを手の甲でぬぐいながら、まだぼんやりと重たく雲がかかっている頭で考える。そういえば飲みすぎたんだった、と会社近くの店にいることを思い出しかけたところで、破棄のない情けない顔が何か言いたげに口を半開きにしてこちらを覗きこんでいるのにようやく気付いた。
あれ? と、思わず疑問が口をつく。どうしてこいつがここにいるんだろう。まだ眠たいし、半分夢でも見ているのかとカウンターに額を預けて二度寝しかけたら、腕を掴まれて引っ張られた。
もう始発もあるし帰るぞなどと偉そうに云う。むっとして云い返してやろうと立ち上がりかけたら、膝が砕けてかくんと力が抜けた。ぺたんと椅子に戻ってしまった俺に、奴は飲みすぎだなどと自分のことを棚に上げて文句を呟きながら、肩を貸してくれた。
半分以上体重を預けながらやっとのことで立ち上がり、振り向くとマネージャーが俺の座っていた隣の席で煙草をふかしつつニヤニヤとこちらを見ていた。また来いよ、と云われたので、笑って手を振り返す。残った酒の力か、いつもよりも簡単に笑顔が出てきた。
何度か転げおちそうになりつつ階段の上まで引っ張り上げてもらい、朝風に吹かれながら駅まで歩いていると、いくぶん酔いも褪めてきた。顔を出したばかりの太陽が駅ビルの窓に反射してまぶしい。
地下鉄のホームに下りる前に、水が飲みたいとねだって遊歩道の花壇に腰かけた。よく晴れている。
奴は重たいものを運んだ肩をぐりぐり回しながらも自販機まで行って、携帯の電子マネーでミネラルウォーターのペットを買ってきてくれた。よく見ると、大学のサークルで作ったTシャツによれたスラックスだ。くだらないサークル名がでかでかとプリントされている真っ黄色のシャツに、思わず俺は噴き出した。
なんだよ、と憮然とされる。悪い悪いと云っておいた。手渡された水は、水分不足の身体に甘く沁みた。
これで帰ったら、すぐ着替えて出社だから徹夜だ、とぼやく。一睡もしないで付き添っててくれたってことじゃないか。文句を云いつつも気遣わしげな視線が、なんだかとても嬉しい。
じゃあ俺のスーツを着ていけよ、と提案してみる。会社はすぐそこ、九時出社だから、三時間半は眠れるだろう。
お前はどうするんだ。そう問われて、自慢を隠しもせず有休であることを告げる。なんだと!? と笑った悪友は、よこせとふざけて俺の上着を首根っこで引っつかんではぎとろうとした。じゃれて、はしゃいで、あれ以来ようやく普通に喋れた気がする。
こいつは眠たかっただろうに、疲れていただろうに、なぜか酔った俺を迎えにきてくれた。こうやってふざけ合える関係としては、男の中では一番近くにいるんじゃないだろうか。
だったら、俺はもういいや。
今のままの関係で、全然いいや。
叶わない気持ちを不毛に育て続けるのはもうやめよう。ひそかに決意をしたけれど、予想に反して涙は出そうもなかった。ただちょっと、奴が力任せに肩を押してくるので背後の花壇の茂みに背が触れてちくちくする。
でも、こいつの体温ってけっこう高いんだな、と思った瞬間、何かがこぼれそうになったので慌てて上を見た。蒼空を見上げると、花の香りがした。

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