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月並みのラブソング番外16





 もっと、ずっと先までなんだろ。





 夢が醒めても、あんた木の下まで迎えに来るだろ。

 俺のために、俺のためだけに注いでくれるだろ。

 カップ壊すなよ、熱いよ、割れちまうよ。



「や……あッ!す、き」
「――――もう、言うな」
「ずっと、だ」


 不安になる。月が陰った。暗闇で、目が見えない。

 手を伸ばしたら、指をしっかり絡め取る。俺の首のあたりでも、汗に塗れた指輪だけが光ってる。

 何も要らないのに、また泣けてくる。

 体中に甘美な電流が走っているのに、もっと欲しい。


「織田切さん、……ッ好き、だっ」
「こっちを、見るな。目が……離せなくなる」
「あ、アア、もっと!ああ!」
「見るな」





 あんたが見てるんだ。





 俺の方はすっかり敏感になって、堪えられないから手首を噛もうとしてるのに。

 顔を隠そうとすると、肘を掴んで引き戻すじゃないか。


「ん!イイ!……ッ、あ、アアッ!」


 眦尻に浮かんでは溢れ出す涙に、一瞬唇が触れた。この体勢では無理だろうと思うのに、繋がりが強くなって腹の中を掻き乱す。

 もう無我夢中で腰を振っていた。止まらない。深い所に穿つまで、掘り進む速さより先に出る。


「ああ、あああッ!」


 自分の途切れとぎれの嬌声の中でも、相手が咳込んだらと心配になった。

 顔を探る。見えないのは嫌だ。明るい月を初めて欲した。


「お、だ」
「ここにいる」


 大丈夫だ、と指を取って口づけた。呼吸ができてないのは俺の方だ。

 姿勢も変えずに、何度も抜き差しを繰り返す。やめないでほしかった。

 咳こもうが、血を吐こうが、俺の上で果てて死んでくれるなら。

 一度して貰えれば何もいらないと思ったのに、すべてが欲しくなる。


「イッ、て」


 息をつめた。限界はとうに越えてるはずだ。俺から全部搾り取って、何もかも取り上げたのに、くれないのはおかしい。

 果てるところなど何回でも見た。でも、これは違う。


「俺で――――果てて」


 卑猥な音の全部が消えた。最後だ。

 力の抜ける全身を叱咤して、快楽の糸を手繰り寄せた。脚が腰に絡む。力を強くこめた。


「気持ち、悪くなかったら」
「ッ……君は!」
「少しは。感じてたら」





 俺でイッて。





 月が照って部屋に光りが。

 足首を高く持ち上げられる。膝立ちで突き上げれば、ずっと奥まで届いた。

 見ていようと思った泣きそうな目は、もう見えない。


「あああッ」
「ッ――――!」





 一際叫んで、なにもかも忘れた。





 強く中でうごめき、熱い奔流が吐き出される。

 俺のほうが先に出したのに、断続的なその量の刺激で、もうどちらのものか判別がつかない。

 抱きしめると、肩のあたりを強く吸われる。びくつきながら、荒い息に本当に怯えていた。


「君、は」


 本当に馬鹿だ、と言った。


 ほっと安心する。

 いくらでも言えよ。

 もういいんだ。

 震えて、泣いて。


 倒れてきた体にずっと抱き着いていたいが。横倒しになって抜いて、出ていく寂しさにちょっと喘いだりもするが。





 ――――もういいんだ。





 頬を抑えられ、正面から顔を合わせ、まだ熱い体を擦り寄せながら。

 唇を押し付けていたら、あんたのほうが馬鹿猫なんだって。ようやく気づいたから。


「もう一度」



 ほら。そこは優しく最後のキスだろう。

 物欲しげに何度も啄んでも、もう何も出ないぜ。



「だめ、だ」
「もっとだ。足りない」


 復活するのが早過ぎる。

 もうやめとけよ、腰痛めても知らないぞ。


「倒れたら、君が面倒みてくれるんだろう」



 唇の端で笑った。

 俺の好きな笑顔。

 鏡の前で何度も練習した。

 皮肉で、いたずらっぽい。



「知らん。他の誰かに可愛がってもらえ」


 憎まれ口を塞がれた。んん、と抵抗もなくして深い口づけを受ける。


「アッ、やめ」


 股間に下りた髪を掴んで、結局のところ。



 紅茶も酒も、俺が出すんじゃないかと思い知らされた。



 女王さまに仕えているし

 不機嫌なアリスの世話も

 慌て者の白ウサギの面倒も

 ニヒルに笑ってるチェシャ猫も



 帽子屋の俺がいなかったら話にならない。

 不思議の国で生きていけるのかおまえら。



 引っ越しついでにお隣さんから譲り受けた、気まぐれな老猫をもう一匹飼ってるんだが。

 帽子の中からもうお茶は出ないときてるのに。

 月夜の夜には鳴かないで、俺の喉が涸れても起きては来なかった。





 年とったチェシャ猫だけが、俺のハニーと笑うんだ。

 帽子屋君。紅茶がないなら仕方がない。甘い蜂蜜で今日は我慢してやるから。










 これから先の満月もずっと、お茶会の約束だとさ。










End.




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