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月並みのラブソング番外3



 核心がない?




 そんなものは言い訳にすぎなかったのだ。最初からわかっていた。俺は違う人種として生まれ、それをひた隠しにしていただけだ。

 真面目に生きすぎて恋を知らなかったが、女の体を想像して抜いたことはなかった。

 しばらく考え、辞職した。

 どこで聞き付けたのか上司の娘にフラれたからだと噂が流れ、たまたま上司の出世時期――――まだ三十代だったので一般に比べると早かった――――と重なったせいで、妙な話が社内に広まった。

 出来の良い若手を踏み台にのし上がったとか、まあ取るに足らない話だ。



 俺はけじめをつけた。



 古い家柄の伝統を守っていた父親に絶縁状を叩きつけ、夜の仕事について、がむしゃらに働いた。

 若い体の熱が収まらず、横の繋がりで知り合った店の従業員や、古株のマスター、店のオーナーの中に相手を見つけ、一から仕込んで貰った。

 経営の仕方や若手の育て方、夜の仕事の二つ目は同性相手のつき合い方だ。

 自覚が遅い割には飲み込みが早いと、全て教わるまで時間はかからなかった。あまり胸を張ることのできる過去じゃないが。

 そのうち一財産出来て、体の関係なしにスポンサーになってくれる男を見つけた。

 趣味のいい店。趣味のいい従業員。趣味のいい酒や食い物。でも何かが足りない。足りないから流行らない。開店から半年で追い詰められた。



 月を見上げると女の声を思い出す。あの頃彼女はまだ幼かった。



 まさか今でも同じ番号なわけがないだろうと思い。それでも捨てられなかった数字を押すと、連絡が取れた。

 店の住所を言っただけで、今から行くと返事がある。

 記憶より数倍美しくなった大人の女と再会するのに、時間はかからなかった。


「波多野さん」
「――――華織ちゃん?信じられんな……ぺちゃんこの胸はどうした」
「ちゃん付けはやめて。本場で鍛えた美声を聴く気はあるの?」


 外見や口調が変わった俺に動揺することなく、歌姫の卵は指を突き付けた。

 文句なしの声だった。元カノをほったらかして、すぐに電話をかけ始める。明日から楽器のできる奴を寄越してくれと頼んだ。この店にはいい音楽が足りなかったのだ。

 彼女は、居残ってくれていた年配のバーテンダーと、話し込んでいた。


「えっと――――姫さん?」
「女王さまじゃなかったのかしら」


 俺は苦笑して、カウンターに肘をかけた。すっかりおじさんじゃない、結婚しなくて正解だった!と彼女も笑った。

 そうだ。プロポーズが成功していれば、今頃ちょうど結婚式だった。複雑な思いで頭をかいた。

 五年の人生を互いに交換した。俺はゲイであることを正直に話し、彼女は海外での経験を元に理解して、ぽつりと言った。


「両親は離婚したわ。私は家を出たし、パパは出世したらますます家に帰らなくって」
「なぜ、俺に話すんだい?」


 彼女は微笑むだけで、それ以上何も言わなかった。

 その日からの売り上げは、俺の予想を上回るものだった。元々同業より早くに店を閉めるため、客層がカップルやサラリーマンに多かったせいもあるだろう。

 歌姫の評判を聞きつけ、かなり遠くの常連客も増えた。ジャズのなんたるかも知らない日本人に、彼女の歌声は受け入れられたのだ。


 売り上げと評判の代償は、

 その顔に、忘れ去ったはずの男の影を見ることだけだった。


 給料日から幾日か経つと、彼女は自分の趣味より派手な衣装を自ら購入し、より女性らしい化粧を施している。

 一見してあの人を思わせるものは無くなった。

 俺が口笛を吹くと、それのオリジナルは私よと頬にキスを落としてくる。帰国子女はところかまわずハグをして、言動が昔より大胆になっていた。


「お嬢ちゃん。キスは禁止だ」
「貴方に恋愛感情はないわよ。昔はあったけど」
「親父さんに顔向けできんだろ……ああ?いま何か言ったか」
「酷い男ね。逃がした魚は大きかったって思ってくれる?」


 返答に迷う。

 俺は自分の抱える問題の逃げ道と、浅はかな望みを託して彼女に結婚を申し込んだ。それを覚悟で事実を話し、この店に来てくれと頼んだのだ。

 最低な男と罵られてもおかしくなかった。彼女はそれをしなかった。


「あんたはいい女だよ」
「――――知ってるわ」
「俺は……それでも」
「知ってるわ」


 女では勃たないのだ。わかってて結婚の約束をしようと試みた。

 すまなかったと頭を下げそうになると、額にぶちゅっとまたキスを受けた。畜生め。

 客足の多い日で、従業員もたくさん入っている。俺の仕事はほとんどなかった。カウンターで歌を聴くぜと言えば、ちょっと待ってと呼び止められた。

 着信音の鳴った携帯画面に目を向けている。


「上に知り合いが来てるの。入りにくいんですって」
「大事な奴なのか」
「今のところ世界で一番ね。出迎えてくれる?」


 俺はなぜか救われた気がして、「お安い御用で」と立ち上がった。

 女王さまの命令は絶対なのだ。

 上着を着直し、出口に向かう。何人かの客に声をかけられた。珍しく丁重に断ったので、笑いを呼んだ。

 態度の軽いマネージャーがいる店を好んで来る客も居て、型破りな接客がウケている。俺はトリック・スターの役割なのだ。

 店全体の雰囲気を壊さぬよう、他の野郎は徹底して教育していたが。

 家族を捨ててきた俺にとって、妹みたいな女だ。そしてここは、姫さんの大事な奴に恥じない店だ。

 どんな野郎か顔を拝んでやろうと姿勢を正し、とっておきの笑顔をつくって扉を開けた。何が待っているかも知らずに、階段を上がる。

 背広姿に見覚えがあり、そんなまさかと笑みが途絶えた。


「――――久しぶりだな」





 姫さんの父親だった。







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