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「――デニス!」

「パパ!」

 杖を放り出してドイルは駆けてきた。途中で脚を滑らせそうになり、崖の際で落ちそうになる。

「パパ……パパ!」デニスは赤ん坊のように泣き出した。赤ん坊だが完全なる赤ん坊のように。「パパ……」

 観光地とはいえ、どうしてこんな場所にたくさんの人々がいるのか――疑問に思う暇もなくドイルはまっすぐデニスの元にいった。

「その子は私の息子だ。誰だか知らないが、彼をはなせ!」

 こんな不安定な場所で子供を放したら、間違いなく落っことしてしまうのだが。今のドイルに分別などなかった。

 デニスはあっさり手渡された。彼は息子を抱いていたホームズ自身には気づかず、ホームズだと思っている傍らの男には気づいた。

 ホームズの頭には鼻の辺りまでぐるぐるに布が巻きついており、即席の変装でほとんど原型をとどめない人物になっていたからだ。

 ドイルはモリアーティをにらみつけた。「どうしてデニスがここだとわかったんですか。貴方は本当に――母とどういう関わりがあるのだ」

 ドイルの野太い首に抱きついたデニスがいった。「シャーロックはね。パパ。シャーロックは……」

 デニスはモリアーティを涙目で見つめた。素直になれない気分屋の子供は、自分よりずっと観察力の優れたモリアーティに対抗心を持っていた。

 しかしこの子は馬鹿ではなかった。

「シャーロックは科学者なの」デニスははっきりといった。「赤ん坊ではないの。だから、彼の話を聞いてあげて。パパ」

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