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 ワトソンには彼の言っている意味がまったく理解できなかった。この際名前が偽名であったなんて些末なことにすぎない。

「ホームズ君」

「ホームズは僕だ。ワトソン君」初めて見るほうの男がデニスを掲げていった。「この子からすべての事情は聞いた。その男から今すぐ離れたまえ。彼は犯罪界のナポレオン。危険分子だ」

「だから言ったの。ぼくはシャーロックが好きではないの」デニスは歯を見せてイーッとした。「パパをたぶらかすつもりだったんでしょ。そうはいかないの!」

 モリアーティは首を振った。「デニス。君の名前が『ジェームズ』になるかもしれないと知ったとき、私は……そしてそれを防いだマスター、君のお祖母さんの気持ちは」

「ちょっと全員黙ってくれないかね」ワトソンはモリアーティをにらみつけた。「君たちの世界の話はこりごりなのだ。私は……私を騙していたこの男とまず話す」

 モリアーティは横を向いた。

「聞いたかね、大佐。まったく利にかなったことだとは思わんか」

「おっしゃる通りです。教授」ガヤの中から一人の男が猟銃を持って現れた。「趣味の鳩撃ちに熱中していましたら、やれ異世界だのやれ犯罪者の集まりだの。ここにいる者たちのほとんどが、早く本の中に戻りたいと望んでおります。しかしそこにいる探偵がそうはさせてくれないので――」

 そうだそうだ! と男も女も果ては動物までが一斉に抗議した。

「蛇にミルクをやる時間なのだぞ」

「あと少しで秘密の抜け穴を掘り終えるというのに!」

「どうしてくれるの。計画が台無しじゃないのよっ」

 本物のホームズはさもつまらないといったように、ため息を吐いた。ワトソンが小脇にしている本を見つめる。

「君たちを喚びだしたのは僕ではない。ドイルの母親だ。しかし本の主人公が僕だというなら、僕に従うのが筋だろう。全員でこちらいれば、また謎解きができるじゃないか。犯罪者が一緒なら、僕は異世界も大歓迎だよ」

 それに、とワトソンを真っ直ぐに見つめた。

「――君がいるならね。ワトソン君」

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