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過去の亡霊だという者たちは、ワトソンの目からすればごく普通の一般人だった。もちろん英国人だけではない。
犯罪者の集まりというより、善人の寄せ集めに見える。その理由の主たるものは、誰も彼もが疲れていたことに他ならない。
遠くから傍観している限り豆粒のようだった彼らは、近づくとホームズではなくワトソンを見ていた。低い囁き声が山肌に反響し、謂れのない不快感でワトソンを包んだ。
「なぜ彼らは私に注目しているのだ?」
ホームズはまたもや答えなかった。無言の圧力を感じながら、ワトソンも彼についていく。数十人かける二つのまなこに晒されて、ワトソンの体は張り裂けそうだった。
「あっ。シャーロック! ワトソン博士!」
デニスは一人の男に抱き上げられていた。
ワトソンはことの成り行きに唖然としただけではなく、デニスを抱いている男の顔に驚愕を隠せなかった。
「――ホームズ君?」
彼はどう見ても……ホームズそのものの特徴を備えていた。身長がわずかに低い他は、大きすぎる頭、目立ちすぎる鷲鼻、細身の肉体まですべてがホームズなのだ。
目の前で立ち止まったホームズが振り返り、悲しげな表情で次の言葉を吐いた。
「ワトソン博士。私の名前はシャーロック・ホームズではない。そして私は以前も話したとおり、君と会っているのだ」
冴えない中年男はいつになく真剣な表情でいった。
「私の名前はジェームズ・モリアーティ。君と間違えられて名前を呼ばれ、この世界に召喚された――もっとも哀れな敵役なのだよ」
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