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「ドイル君は、本当に知らないのか。君がどういう存在なのか」
「私のことは、彼の母親が派遣しているお目付け役だという認識だ。ひどく嫌われてしまったのだ」
ホームズが自分から語りたがらないので、ワトソンは迷った。「君はそれでいいのか」
ホームズは首をふった。
「私はひとつ確信していることがある。アーサーは心霊現象に早くから関わりを持ちすぎた。もし、彼の心に私の存在があれば――もし」
「もしはない」ワトソンはきっぱりといった。「この世にもしはない。君だとてわかるはずだ。起きた出来事はそれまでのことだ。存在するのは、いつだって今日という日だけなのだ」
「――私の物語は終わっているのだ、ワトソン君」ホームズは薄く笑った。
「だが君のいっていることもわかるよ。私の傍には頼りになる相棒がいて、彼は私がときに尻込みすることがあっても、背中を任せられる勇敢な男だ」
「ううむ」ワトソンは口髭を指でいじった。「よし、休戦だ。君が君の本来いるべき場所に帰る日まで」
ホームズはうなずいた。
「その日は近いだろう。私はたびたびこの世界を訪れているが、アーサーの頭の中にホームズという男が住み始めたら――その日が最期だという気がしているのだよ」
ふたりは山の光を探して目を凝らしたが、その後もやはり見つけられなかった。
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