26
「父ははじめこそ心霊現象の類を馬鹿にしていましたが、すっかりその魅力に取り憑かれてしまいました」
キングズリーはいった。目の前では立ち上がったデニスが、シャーロックに負けまいとオムツを脱ごうとしている。
その滑らかな尻を見ると、ワトソンは今行われている話とのギャップに気が抜けてしまった。
「愛する人を喪ったことによる同じ痛みを、他人と分かち合うことができるのも霊的世界の魅力でしょう。死して尚われわれは繋がっていて、生きる者の慰めとなっているのは確かです」
「待ってくれ。話についていけないのだが」ワトソンはくらくらしてきた首をふった。「シャーロックが霊魂だとでもいうのかね? 彼は生きて、あそこにいるではないか」
そして自然の法則に従い、淑女の前で放尿しているのだ。湯気は岩からだけでなく、怒り狂ったドイルの愛娘の頭からも出ている。
「もはや霊魂のようなものです」
どういう意味なのだ、とワトソンは繰り返した。旅行鞄は草むらに置き、本の背表紙を撫でる。タイトルは何も書かれていないが、中身があるのは間違いない。
ワトソンは本のページを開いた。
「ジーンはそのような世界に元から興味があったらしく、積極的に父を支援しましたが」
本のはじめは簡素だった。
「祖母は許しませんでした。再婚するまでの揉め事も理由だったんですが、それだけではないんです。とにかく祖母は父を立ち直らせるため、僕らに内緒でドイル一族に伝わる禁断の呪術を行いました」
ワトソンはページを繰った。よくある名前だからと自分と同じ人物は気にもとめなかったが――ある一点で指が止まる。
「画家であった大叔父、リチャードが遺した魔方陣のスケッチを片手に、祖母は先祖を召喚するつもりでした。本当に降霊術がこの世に存在するのか、息子の頭を疑う前に、自身で確かめたかったのでしょう」
ワトソンは紙から目が離せなかった。見知った名前の登場人物を見つけると、慌てて奥づけを確認する。
作者は――。
「内側から、一人の男がパイプをくわえて現れたそうです。体には自分が吸った煙草の煙をまとわりつかせ、手にはその本が。彼は振り返り、祖母を見て呆然とし、そして……」
――アーサー・コナン・ドイル。
「ワトソン博士」ホームズがワトソンから本を取り上げた。「事件だよ。デニスが新たな手がかりを見つけたようだ」
[ 68/111 ]
[*prev] [next#]
[しおりを挟む]