25



 渓谷を上がると丘がいくつか見えた。ワトソンにはすべての現実が早回しに思えた。

 前を歩く老年の域に差し掛かりかけている探偵と、年若いドイルの娘とその弟は、言葉少なに揉めている。

 ワトソンは今がチャンスだと思った。

「不可解なことがいくつもあるので、ぜひ君に教えてもらいたいのだ。キングズリー君」

 少年は驚くほど整った顔をこちらに向けた。彼は姉より三つ年下だった。

「簡単なことですよ。一つ。情報はある一定の決まりごとさえ守れば得られる。二つ。協力者はどこへ行こうと必ず進行方向で見つかる。そして三つ」

 キングズリーは微笑んだ。「ご都合主義の目的地への誘導は、その本さえあれば叶うんです」

「な、なぜわかったのだ」ワトソンは旅行鞄の重さにめげただけではなしに、大量の汗をかいた。鞄の中から本を取り出す。「私が聞きたいことはまさにそれだった。どうしてこの本なのだ」

「律儀に開いてないわけですね、ワトソン博士。僕がシャーロックの存在を知ったのは、僕や姉を産んだ母が亡くなった年でした」

 キングズリーは声をおとした。

 離れた場所では、野外での立ちションをデニスに見せびらかそうとしたホームズの頬を、赤ん坊を抱いたメアリーが高らかに叩いている。

「継母のジーンはいい女性ですよ。僕たちの母親が、まだ病に伏せっているときから父を陰ながら支えてきたのです。姉とはいい友人関係を保っていますが、僕のほうは心中穏やかではなかった」

 ワトソンはうなずいた。

 手頃な岩を見つけて、立ちションのやり方を伝授し始めたホームズからは視線をそらした。

「父も気持ちとしては完全に整理がついていたわけではなく、喪に服している一年は本当に気の毒な有り様でした。そして」

 キングズリーは続けた。「あることを始めたんです」

「あること?」

 ホームズの隣ではハイハイしていたデニスが初めて立ち上がった。姉は奇声をあげてワトソンたちを振り返ったが、感動的な瞬間は次の一言ですべて揉み消された。


「――降霊術です」

[ 67/111 ]

[*prev] [next#]
[しおりを挟む]


×
- ナノ -