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 ご主人さまとは穏やかではない。

 ワトソンはぴくりとも動かなかった。目だけでホームズとグランマを見比べる。

「本当に困ったことだわ」

 この女性は実名をメアリ・ジョセフィン・エリザベス・フォーリーといい、九人の子供をこの世に産み落とし、そのうち七人をアルコール依存症の夫を抱えながら育てあげたという強者である。

 女王と同じくらい小柄ではあったが、初対面のワトソンにもその凄まじいまでの気迫が感じられた。皮膚は固く強ばり、前歯が噛み合わなくなり、鼻は真っ赤に染まって手のひらの汗が尋常ではない。

 グランマは穏やかに微笑んだ。「ホームズさん、わたくしは貴方になんと依頼を出したのだった?」

「わ、私は。貴女にかかればまだ一年生のようなものです。どうかお気を鎮めて……」

「――シャーロック・ホームズ」

 ホームズはごくりと喉を鳴らした。「アーサーの、つまり貴方の愛すべき息子の様子を見てこいとのことでした。ですが」

「そうね。そして貴方はわたくしが召還する度に魔神のように出てきてくれたのよね。感謝してるわ。でもワトソン博士」

「は、はい?」

 ワトソンは聞いたことをなるべく脳内に入れないようにした。これは国家的重要機密事項に勝るという気がしたのだ。

 実際スコーンの山をたいらげてコックリコックリしている赤ん坊を除き、すべては異次元の出来事のように思えた。

「わたくしは、気の長いほうではないの。とはいえ、一刻も早くアーサーを見つけていただきたいのも本心なのだから、貴方にはこれを授けましょう」

 女神から授けられたアイテムは金の斧でもなければ勇者の剣でもなく、一冊の古びた本だけだった。

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