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 ホームズは腹をくだした。

 列車内は尿瓶どころの騒ぎではなくなり、彼は非常に落ち込んだ。汚物の入ったバケツは持参だったので、彼は目的地につくと一目散に駆け込み、馬糞とモザイク仕様のそれを混ぜた。

 ワトソンは気の毒になった。

 ホームズの腹の具合が悪くなったのは、おそらくワトソン夫人のせいである。彼女は自分の夫に渡すはずのカップを間違えてホームズに渡したに違いない。

「グランマ!」

 屋敷に向かうと、デニスははしゃいだ。そこでは彼の祖母が待っていた。

「――私の天使」

 今世紀も来世紀もおそらく次の世紀辺りまでは、確実に受け継がれるであろう名探偵を産み出したドイルという男の母親は、偉大なるヴィクトリア女王よりはるかに大きな存在感でワトソンを圧倒した。

 しかし彼はホームズという男の存在を、先週の木曜日までは知らなかったのだ。それもそのはず、この世界ではドイルはただの開業医、それも失敗した眼科の営業で多額の借金を抱えていた。

 理由は明白である。

 前妻との間にできた二人の子供も、デニスと同じかそれ以上の特殊能力の持ち主だったからだ。ドイルには小説を書く暇がなかった。それができたのは中年以降であった。

「電報が届いて驚きましたわ、ホームズさん」偉大なるマァムは軽やかな足取りでテーブルのカップに紅茶を注ぎ、熱々のスコーンをよく冷ましてからデニスに与えた。「貴方には過剰に期待しすぎたのかしら……」

 その一言は、ホームズに思わぬ衝撃を与えた。

 グランマがある本を書棚から取り上げると、彼は隣にいるワトソンがそうと気づくほどガタガタと震えだし、背中を折り曲げて吐き出さんばかりにいった。

「それだけはご勘弁願います、マスター!」

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