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 修羅場は短時間で終わったが、ワトソンの消耗は激しかった。

「大丈夫ですか」ホームズは気遣った。「私が奥さんを説得してきましょうか、ワトソン博士」

「それには及びません。ところでドイル君の様子は……」

「あのね、あの日はママが帰ってきてね」

 ホームズは天を仰いだ。「ちょっと黙ってくれるとありがたいのだが。デニス」

「それはよかった」ワトソンは心からホッとした。手元にいつのまにか現れた炭酸製造器――たぶん原型はおしゃぶり――を使って、ウイスキーのソーダ割りをつくる。「ではドイル君も喜んでいるでしょう」

「ちがうの。今度はパパが帰ってこなくなっちゃったの」デニスは鼻を赤くした。「パパ……」

「えっ!」

「行き先がわからないんですよ。書き置きが残してなくってね。おかげで今度はドイル夫人に、彼を探してくれるよう頼まれてしまって」

「ホームズさん」ワトソンは気になった。「あなた、ドイル君とはいったいどういうご関係なんですか?」

「遠い親戚」ホームズは目をそらした。「――といったところかな」

「シャーロックはね! パパの書いてる小説の」

「デニス。それは言わない約束だろう」

 デニスは口元を小さな両手で押さえた。ワトソンは気になったが、深入りしないことにした。

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