12
「ワトソン博士」
ワトソンは喜んだ。はじめて名前を呼んでもらえた父親の気分だ。しかし実際に名前を呼ばれたのは二回目だった。ワトソンの記憶力は犬並みであった。
「なんだね、ぼうや」
「今日はね。もう一人おじさんが来る予定なんだ」息子は空中をにらみつけた。「ぼく、あのひと大嫌い」
「こら!」ドイルはめっという顔をした。「たとえ本心だとしても、そんなことを言ってはいけないぞ」
悪気はないのだろう。しかし赤ん坊の言葉づかいは間違いなく父親譲りだとワトソンは確信した。
「だって。パパ」
「まあまあ」ワトソンは間に入った。「それは申し訳ない。先客があったとは知らず」
「先客じゃないよ。来るかもしれない人ってだけ。でも今日は間違いなく来るよ」
赤ん坊は眉間をけわしくした。ドイルは本日何度目かのため息を吐いた。
「この子の勘の鋭さはかなりのものでね」
「勘じゃないもん。推理なの」
「対抗してるんですよ。つまりね」
「対抗じゃないもん!」
申し分ない形をした赤ん坊の頭がぶんぶんと震えた。よほど嫌いな相手かとワトソンは思ったが、机を叩いていた彼の顔が輝いたのを見て、思い直した。
扉はリズミカルに叩かれた。
「あっ! やっぱり来たよ。シャーロックおじさん」
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