10
ドイルがローストした肉の塊を買ってきたとき、彼の息子はワトソン博士を馬にして部屋をぐるぐると回っていた。
「おかえり、ドイル君」
「……」ドイルはホロリときた。「この子が産まれてから、こんな光景は一度も見たことがない。ありがとう、ワトソン。彼を子供に戻してくれて」
「おじさん、そこじゃないよ。足跡はもっと丁寧に扱わなきゃ」
「すまんすまん。これが君の母上の足跡かね?」ワトソンは床に這いつくばった。
「ちがうよ! もう。このやり方を覚えたら奥さんのヘソクリの場所もわかるのにっ」
ドイルは心のすき間風に堪えられず、荷物を机に置いて部屋の窓をしめた。
「パパ。足跡の写真撮って」
「――ガラス板が高いから駄目だといってるだろう」
「自慢の現像機材をおがくずに変えてもいいんだよ」
息子の目は本気だった。
「わがままも大概にしなさい」ドイルは怖い顔をした。「私がめったに怒らないからといって、おまえの尻を叩かない保証はないんだぞ!」
「あひぃっ」
赤ん坊はワトソンの尻を隠し持っていた鞭で叩いた。
ドイルは両手をあげた。「わかったわかった。博士の背中から降りてからな……」
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