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「君から目を離して図書室で本を漁っていた。あのうちの蔵書は素晴らしい犯罪文献が揃っていたからね」
ホームズは早口だった。
「ずぶ濡れの君たちが庭の向こうからやってきて、私には何があったのかすぐわかった。下手な嘘をつく彼から君を奪い、泣きじゃくる君をベッドに置き去りにして、君の目の前で彼をなぐった」
天井を仰いで、彼はため息を吐いた。
「知っててそうしたのだ。我慢ならなかった。ヴィクターにではなく」
――助けそこねた自分が許せなくて。
「兄さん……私ね」
コン、とまたノックに切り換えた。
「兄さんが。とても好きなの。これは知ってる?」
コン、とまた返った。もちろん知っていた。
「意味が違うのよ。でもあの日は、あの夜は、私も、ただの妹だった」
コンコン、と返した。
「そうだっていってるでしょ。このわからず屋!」
「私も。ではない」
息がつまるような沈黙だった。
「あの夜は違ったのだ。そうではなかった」
「……いつも勃起してるじゃない」真っ赤になった頬を膝にうずめた。どのみち見えないのだが。「姉さんたちは、本当の妹なのに」
「男だからね。はしたない格好できゃわわとやられれば、つい間違った生理現象が起こらないとも限らないのだ」
そういうときのワトソン博士である。しかし肝心の線を越えることは万死に値し、そこまでのリスクを負って彼とどうにかなるのはごめんだった。
「これは君たちには言ってもわかるまい。非難されても困る」
「最低。そういうの、ホンット最低。最低だから。気持ち悪いんだから絶対やめてよね!」
「よくわかってるさ。だからあの日は、駄目だと言ったのだ」
その言葉には深い意味はない。この気持ちが恋のそれでないことは自分でもわかっている。
――終わらせよう、と心を決めた。
「別の日なら、いいの?」ポツリと聞いた。
ホームズは答えた。
「君がもう少し大人になって、恋をして、子供を産んで、甥や姪を間にしてなら」
「……娘や息子が心配だから、それは無理ね」
エイミーは戸棚を押して外へ出た。兄は近くの壁に片膝を折り、だらりとして目をつむっていた。
兄さん、と妹はいった。
「大好きよ」
頬に唇の感触を受け、ホームズは唇を持ち上げた。
「君が思っている以上に。エイミー」
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