39
エイミーは言葉を選んだ。
「兄さん。私、トレヴァー家でのあの夏のこと、完全に思い出したの」
沈黙は永遠に思えた。
コン、と軽い音がした。皺だらけの兄の手は大きく、節々に肉がないからだ。
「兄さんは早合点したの。ヴィクターは何もしてないわ。何もなかったのよ」
返事は返らなかった。妹は不安を隠すようにいった。
「スカートの周りでブルテリアが走り回った。名前はなんだったのかしら。湖に近づいてはいけないと言われたのに、私は兄さんとの約束をやぶった。湖面の石があまりに綺麗だったから、持ってかえって姉さんたちに自慢したかったの」
――コン。
「ひとつふたつと取るうちに、怖さがわからなくなったのね。今度は姉さんたちのぶんまで取りたくなった。母さんのぶん。叔母さんのぶん。使用人たちのぶん。ふくらはぎがうまる程度の高さだったのに、足を滑らせた」
――コン。
「危険を察してたブルが早めに助けを呼んでくれなかったら……ヴィクターはすぐにとんできてくれたわ。彼は勇敢で血気盛んで、兄さんとはまるでタイプが違ってた。おかしな性癖はあったけど、年端もいかない子供をどうにかする人ではなかった」
――コン。
「私を水から引き上げて、呼吸してないことに気づいて、息を吹き込んでくれた。私は怖くて泣きわめいたけど、彼は屋敷に私を連れ帰ってくれて、自分が誘って目を離したと嘘をついた」
――コン。
「私は気づいたらほとんど何も覚えていなかった」
――コン。
エイミーは相づちの代わりに打たれる音にハッとした。「兄さん。まさか知ってたの? 知ってて彼をなぐったの?」
「もちろん知っていたさ」兄は焦れて口を聞いた。
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