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 ホームズは片膝をついていた。返事がいつまでも返らないためにいった。

「私が話す。イエスなら一回。ノーなら二回。答えたくないなら三回だ。わかったな」

 どんなときでも命令口調である。しばらくすると、コンと音が返った。

「……ワトソンが好きなのか」

 直球だった。エイミーはゴンゴンゴンゴンと叩いた。

「わかった。三回以上でいい。兄さんが悪かった」

 ホームズは座りこんで戸棚にもたれた。掃除道具が入っているはずだ。


「寒くないかね」


 ――コンコン。


「虫はいないか」


 ――コンコン。


「……いても平気だったな」


 ――コン。


 ふたりに何もなかったことは、部屋に入ってすぐにわかった。情事のにおいもしなければ、シーツのシワも通常通り。血もなかった。

 ワトソンの様子がまず違っていた。出したなら勃たない。勃つはずもない。いくら妹が若いとはいえ、男が元気なのは鍵を開けるまでの話だ。開けたら終わりだ。次の部屋はない。

 それで左手は出なかった。何度もいうようだがあの男は馬鹿なのではない。馬鹿なのはもうひとりのほうだ。


 ――だから必要なのだ。


「兄さん。今度は私が話したい」

 妹の声は、穏やかだった。ホームズはコン、と叩いた。

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