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「そんな……ホームズ。嘘だろう。君はそんな男では」
ワトソンは衝撃にその後の言葉を失った。
「どんな男だというんだ?」ホームズはワトソンをにらんだ。
エイミーは呆然としていた。
「エイミー。貴女をさしおいてごめんなさい。本当は知ってたの。あなたもズッキーニに興味があるってこと……それにはお兄ちゃんが一番詳しそうだってこと」
ベスはほうっと胸をおさえた。ゾクゾクッとふるわせ、無意識に人指し指をなめる。興奮さめやらぬようだ。
「とっても美味しかったわ。ちょっと見た目では想像つかないわよね。私も子供のときお兄ちゃんが味見させてくれなかったら、パッと思いついたりしなかったと思うの。すごく立派よ。お兄ちゃんの持ってる、アレは」
末っ子には耐えられなかった。シーツをほうり出して裸で駆けていってしまう。感動にひたっているベスは気づかなかった。
「うちの持ってるマイクロフト農場で、まだお兄ちゃんが大事に育てていたなんて。子供のときは、まさかカボチャの一年目がズッキーニだなんて思いも――エイミー?」
「ホームズ! ホームズッ……! 君を見損なったぞ」
ワトソンも聞いていなかった。裸のままエイミーを追いかける。耳が悪いのではない。馬鹿なのでもない。
ただ少し素直すぎるだけだ。
「……」
ホームズはぐらっと揺れた。
「まあっ。お兄ちゃん、座らないと駄目よ。ちょっとした長い旅行だったから、疲れているのよ」
ベスは兄を椅子に座らせて、水差しを傾け、顔をあおいだ。
「――でもごめんなさい。私のために」ベスは出番のなかった野菜を籠から取り出した。「ズッキーニで陪審を買収するなんて嘘だったんでしょう。あのままじゃ私ったら、勘違いしてワトソン博士のズッキーニさんを丸ごと食べるところだったわ」
「そして代わりにエイミーが食べたのだ……」兄は顔を両手でおおい、しくしく言い出した。「あの汚いイノブタに料理されてしまった。私はもう生きていけない。ワトソンと心中する」
これがホームズの本質である。始終冷静な男なら、あらかじめ教授を暗殺できたはずだからだ。ワトソンが書かないだけだった。
「そんな馬鹿な話ないわ」妹は妄言を相手にしなかった。「エイミーに限って、そんなことできるわけないのよ。だってあの子が好きなのは。あの子が一番愛しているのは……」
ベスは黙った。顔をあげた兄の目がまったく濡れてはおらず、彼女の言葉をさえぎったからだ。
「お兄ちゃん――闘うのよ」
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