33



 ――事件はすべて終わった。

 今回の騒ぎで無精さを脱ぎ捨てたマイクロフトは、翌日から仕事にもどった。

 ディオゲネスクラブの談話室には、お持ち帰りできなかった小さな紳士の代わりに、彼の省略されてしまった長弁舌を気に入った裁判長が待っていた。

 裁判長が木槌を振り上げると、マイクロフトは皆まで言うなとばかりに無言で片手をあげた。マイクロフトは自分の下半身のディオゲネスが哲学者としての怒りに満ちるのを感じた。そして裁判長と木槌で握手した。

 裁判所の外まで木槌を持ってくる馬鹿はいないので、つまりはそういうことである。


 ――。


 長女のメグはハドソン夫人に「私の大輪の薔薇。でも名前はマーガレットさん」と呼ばれ二人で小旅行にでかけた。ブレンドされた紅茶の味わいは加齢臭も消してしまうほどだった。適温である八十度を越えるのだけが難点だった。

 二人の燃え盛る暖炉には火掻き棒など無用の長物だった。


 ――。


 次女のジョーはレストレード警部のズッキーニの味と牡蠣を小さくする作業を教えてもらうため、彼の家にいってしまった。彼女も目覚めればなかなかの食道楽だったが、警部にはかなわなかった。

 警部は料理の技術に長けていた。身長を少しでも伸ばすための食事療法と、小男である劣等感を他で補おうと、寝床の時間を充実させる努力を惜しまなかったゆえんである。

 アワビと牡蠣とズッキーニの料理は特別上手だった。レストレード夫人のせいで牡蠣は成長したからだ。


 ――。

 もちろんレストレード夫人がワトソン夫人と国外へ行ったのはそういうことである。

 二人は事件の穴を引っ掻いたりほじくったりするのが大好きだが、どこぞの探偵と違って途中で放り投げることはしない。

 そして年々萎えるいっぽうの夫たちの火掻き棒には我慢ならなかったので、二度と帰ってくることはあるまい。

 ――。

 ひとりの姉と、ひとりの兄が足りなかった。二人は今ごろ。おそらく。きっと。

 事件はすべて終わったのだ。四女の胸のうち以外の事件は――。

 もちろん一人ではなかった。医者もどきがベッドの隣で、自分の火掻き棒と格闘していたからだ。

[ 33/111 ]

[*prev] [next#]
[しおりを挟む]


×
- ナノ -