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「あっ。ワトソン博士だわ」
ジョーははしたなく指を指して、ぱっとその手を反対の手で隠した。
一見勝ち気そうな見た目の次女の恥じらいは周りの男たちを骨抜きにしたが、ジョーには自分の金髪がどういう効果を周りに与えているか知るよしもなかった。
「やつれているな」
「裸足だわ。なぜかしら」
「溶岩が原因と見えるな。悲惨な結末だが、それのおかげで助けられる可能性もある」
マイクロフトはため息を吐いた。
「なるべく時間を省略したい。面倒すぎて欠伸が出そうだ」
ざわついた傍聴席をいましめる木槌の音が、高らかに響いた。
「静粛に。静粛に……。黙らんかい小市民ども!」裁判長には見覚えがあった。ジョーはそれが兄の訴訟を受け持った男だとわかった。
「ごほん。あー。地方判事のヴィクター・トレヴァー君から貴殿についての減刑を求める書状が今朝がた届いた」
「誰だそれは」ワトソンは自分の脳みそに嫌気がさした。
「しかしながら三ヶ月と一週間前。君の同居人であるシャーロック・ホームズ氏の潔白を証明するという主旨で、ほぼ同じ文面の書簡がこれは……二十通? 送付されていたのが」裁判長が首をかしげた。「――馬の手綱?」
「それについては、私から説明申し上げましょう。裁判長」マイクロフトが手をあげた。
「君は誰だ」
「会計監査担当の官庁職員。マイクロフト・ホームズです」彼はさらにいった。「諮問探偵シャーロック・ホームズの兄にして国家公務員」
裁判所はざわついた。ワトソンはあっといった。
「安いサラリーでこきつかわれている労働者の敵だな。おい、木偶の坊たち、その男を傍聴席からつまみ出せ」
裁判長の言葉に周りの男たちは総出で彼を動かそうとした。しかしマイクロフトは広場の景観をそこなっている彫像以上の重さだった。
マイクロフトはさらにさらにいった。
「進言の許可をいただきたい。それがすんだら、私の両腕に抱えられているこの可愛い妹とどこかの少年を連れて、すぐに帰らせてもらいましょう」
「……いいだろう。ポロリをしまったらな。それから少年は置いていきなさい」裁判長は頬杖をついた。「彼は私の息子だ」
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