29
マイクロフトは次女のジョーを引き連れ、裁判所に来ていた。
「被告人、ショルトー・G・レストレード」
「私は無実だ!」
「静粛に」
「ドクター・ワトソンとは友人であり、私と彼がどうとかなんて事実無根だ。わわわ私は人間の生理機能に必要不可欠な場所を患っているんだ! 彼は医者なので、それで」
「被告人は静粛に。ワトソンはドクターではない。イギリス国民にききたまえ。新聞売りでも知っている……あんな馬鹿に学校が卒業できるわけがない!」
一喝だった。傍聴席からも否定の声はあがらなかった。
レストレードは髪を振り乱し暴れた。脇を刑務官が三人がかりでおさえている。
「むごい。兄貴……」
「あれが男好きの末路だよ」マイクロフトはしたり顔でいった。「ジョセフィーン。ワトソン博士と私は握手をした仲だ。しかし体を繋げたわけではない。その意味がわかるか」
ジョーはボッと顔を赤らめた。「あああ握手って、あの。あの、あの握手のこと?」
「そうだ。しかし物事は適切にはっきりと表現したまえ。私とワトソン博士の先っちょの汗と汗の交換のことだ。ポテトとマヨネーズの熱きコラボだ」
傍聴席の紳士はぎょっと大男を見上げた。
紳士といっても少年である。裁判が始まっても自分を見ているので、マイクロフトは顔はそのままに視線を下げた。少年はかわいかった。弟の幼いころに少しに似ていた。マイクロフトのマイクロフトは頂点を目指した。
「あの程度ではどんな罰則もできない。男色が規制対象となるのは、鍵穴に鍵が差し込まれた現場を誰かが見ていた場合のみだ。つまり」
壇上ではレストレードが号泣しながら判決を聴いていた。
裁判など形だけのものだった。初審の判決は有罪。第二審の判決も実刑で落ち着くのは間違いなかった。
ジョーは見ていられないのか、顔をぱっと背けた。そこでは収まりきらなかった兄のピザの斜塔が傾きを増していた。言っておくが書き間違いではない。ピサではない。
ジョーはさらに赤くなった。少年も目を見開いてそれを見ていた。
「――事実無根などそれこそありえないのだよ。ポテトサラダはできあがっていたのだ」
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