26
ホームズは武者震いで目がさめた。
背中に人の気配を感じる。
「ワトソン――?」
彼のはずはない。ワトソン博士は拘束され、裁判を待っている身のはずだ。
自分を起こさずベッドに入ってこれる技術を持ち合わせていない。
薄暗い室内のどこかで、衣擦れの音がした。ホームズはため息をついた。
「エイミーか」
「――なぜわかったの」
ジョーとベスはマイクロフトのところに泊まっている。メグは絶対に兄のベッドにくることはない理由があった。
「怖い夢でも見たのかね」
ホームズは背中に女性らしさのない骨と皮だけの肉体を感じた。
「兄さん。聞きたいことがあるの」
「――」
「そのままでもいいわ。お願い。兄さんの口から聞きたいの」
ホームズは暗闇でうなずいた。「いつかは来ると思っていたさ」
妹は息をつめた。兄はこれから聞くことも見当がついているのだ。
エイミーは覚悟を決めた。
「私ね。昔から、兄弟の中で馴染めないなにかを感じていたの。……知ってた?」
「おまえが悩んでいることも、すべて。兄弟みんな」
「父さんは黒髪、母さんは栗毛、金髪の従兄弟もいるけど、親戚の中に赤毛はいないわ」エイミーはすうと息を吸った。
「溜めては駄目よね。聞きたいのはつまり、そういうことよ」
ホームズは起き上がり、ベッドに寝そべる妹を見ないように立ち上がった。ひとこといった。
――そうだ。
「わかった」エイミーは笑った。ひとつ年上の姉を真似て明るく振る舞った。「ありがとう。そうなのね。やっぱり……そうだったのね」
「エイミー」
「それでね。兄さん」
エイミーはぽたぽたと流れる涙を懸命にぬぐった。
「もう、無理だろうけど。今夜は、今夜だけは、一緒に寝てくれる? 私ね、エリザベスと、ベスと話して。それで、あのね」
ホームズは振り返らなかった。「駄目だ」
エイミーは食い下がるつもりだった。
扉をキイと開けてうつむいた兄の月明かりに照らされた唇が、震えているのを見るまでは。
「駄目だ――すまない」
――返事はなかった。
二人はおやすみも言わずに別れた。
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