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 不本意ながらワトソンを助けることになったホームズは、頭を抱えるふりをしてヅラをなおした。

 警察署どころかロンドン市民公然の秘密だったので、事務員は見ないようにして彼を警部の私室へ通した。

「レストレード君。何度もいうようにだね、私はワトソンを返してほしいだけなのだ」

「ここにはもういませんな」警部は首を振った。「造船所に送るか、鉄工所か炭鉱所か、あるいは先の戦争で捕虜を集めた野戦病院で一生暮らしてもらう手筈を整えておりまして」

「彼は医者の免許なんて持ってないんだぞ!」

「知っている。補助員としてだ」レストレード警部は咳払いをした。「博士の体型なら万が一戦争が起きた場合に備えて、補助食料くらいにはなるでしょう。失敬。あなたが途中放棄した事件の真相究明に忙しくてね。私は関わってられんのですよ」

「レストレード。待ってくれ」

 次の提案は勇気がいった。可愛いベスの昼下がりのお日さまのような笑顔を思いだし、ホームズはいった。

「ワトソン君がいないと困るのだ。もう今後は事件に首をつっこまない、君たちの仕事をとりあげないと約束するから、考えてはくれまいか」

「つっこむなとは言ってませんよ。ほじくり回してほっとくなと言っているんです」

 ホームズは奥の手を使うことに決めた。片足をあげて捜査資料と思われる本の山にのせる。お尻の割れ目に手をすべらせた。

「ここは暑いな」ホームズはちらっと上目遣いをした。

「カツラを脱いであおげばいいでしょうが」レストレードには効かなかった。

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