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「ご苦労、レストレード警部。裁判後はちゃんと引き取るから、できればお目こぼししてやってください」

「いえ、未遂とはいえ婦女暴行罪。ホームズ先生ならあり得んことではないでしょうな。なんせ捜査と騙ってたらしこんだ男や女が星の数。よく知らせてくれました」

 妹だ、それは妹だ! という声は無視された。

 警察官二人に脇を抱えられたホームズの叫び声は、路上の罵声に掻き消された。石やら酒瓶が飛んでくる。

「あいつのせいで俺のちゃちな盗みが見つかったんだ!」

「そうとも。いちいち市民の生活に干渉しやがってこのドブネズミ!」

「あんたの実験薬の臭いのせいで、ちっとも仕事にならないわ! 商売あがったりよ!」

「毎日こきつかわれてコカインの世話までしてやって、妹には手を出すなだと! 万年二番手の気分を思いしれ!」

 最後はワトソンの声によく似ていた。ホームズは悲しげな鼻歌と共に四輪馬車に揺られ、静かに退場した。

「ふう。邪魔者は消えた。ふふふ」

 ワトソンはいそいそと下宿先の部屋にもどった。

 ホームズの妹たちは「おかえりなさい、ワトソン先生」と合唱した。

「これだよ……私に必要なのはこれなんだよ!」

 すべてが華やかな潤いに満ちていた。兄の行く末を気にしているのはベスだけだった。

「お兄ちゃん……」ぐすん、とスカートの端を握りしめ、いじらしく窓の外を見ている。

 ワトソンは少し罪悪感にかられた。

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