08
「ご苦労、レストレード警部。裁判後はちゃんと引き取るから、できればお目こぼししてやってください」
「いえ、未遂とはいえ婦女暴行罪。ホームズ先生ならあり得んことではないでしょうな。なんせ捜査と騙ってたらしこんだ男や女が星の数。よく知らせてくれました」
妹だ、それは妹だ! という声は無視された。
警察官二人に脇を抱えられたホームズの叫び声は、路上の罵声に掻き消された。石やら酒瓶が飛んでくる。
「あいつのせいで俺のちゃちな盗みが見つかったんだ!」
「そうとも。いちいち市民の生活に干渉しやがってこのドブネズミ!」
「あんたの実験薬の臭いのせいで、ちっとも仕事にならないわ! 商売あがったりよ!」
「毎日こきつかわれてコカインの世話までしてやって、妹には手を出すなだと! 万年二番手の気分を思いしれ!」
最後はワトソンの声によく似ていた。ホームズは悲しげな鼻歌と共に四輪馬車に揺られ、静かに退場した。
「ふう。邪魔者は消えた。ふふふ」
ワトソンはいそいそと下宿先の部屋にもどった。
ホームズの妹たちは「おかえりなさい、ワトソン先生」と合唱した。
「これだよ……私に必要なのはこれなんだよ!」
すべてが華やかな潤いに満ちていた。兄の行く末を気にしているのはベスだけだった。
「お兄ちゃん……」ぐすん、とスカートの端を握りしめ、いじらしく窓の外を見ている。
ワトソンは少し罪悪感にかられた。
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