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すっかり家族になってしまった古女房も、恋女房だった時代があるのだ。あんまりである。あんまりではないか。
「シャーロック――ではなく、モリアーティを生き返らせて、ワトソン博士の位置に据え置く。というのはどうだね」おおまかな話を聞いたドイルが言った。
「それはあまり賢いやり方とはいえない。彼はね。人々の目が集まっているときは上機嫌で推理を披露したりもするのだが、読者が本を閉じたら最後。その限りではないからね」
「……」
再起不能になりかけているワトソンをよそに、二人の医者は意見を交換し始めた。
「ワトソン博士。お茶です」
ドイルの妻はさすがにあの姑とやりあってきただけのことはあり、二人のワトソンの世話にも慣れていた。
ワトソンの涙腺は妻を思い出して緩んだ。
「これが、例の……?」
「そうだよ。暇をもてあました私がどこかで書いていたかもしれない何かだ。実際は開業医として繁盛してしまったから、それを書く暇などなかったのだが」
「しかも大失敗した霊感商法のほうで借金がかさんでしまいましたしね」
本をパラパラとやっているジーンに悪気はなかったが、ドイルのダメージは計り知れなかった。持ち直したワトソンの横で、彼は机に突っ伏した。
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