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 間に挟まれ困り果てたワトソンは、ジョンを追いかけた。

「ああ……その、ワトソン?」

 ペン先を走らせる音に不安がつのる。難しい男だ。

「モリアーティという人はね。私たちにとって、かなり身近な存在だったのだ。ドイル君の言い分も聞いてやってくれまいか」

「君は、私がこちらに来た理由を知らないから、そんなことを言うのだ!」

 こちらに来た理由? ワトソンは戸惑った。召喚術で呼び出されただけではないというのか。

「……メアリー」

 ワトソンは考えた。自分の妻は、家政婦の横恋慕にまで過敏になるほど夫を愛している。キングズリーがいうように離ればなれになったとしたら、原因はジョンのほうにあるのではないか。

 ジョンはワトソンの心の機微を受け取ったのか、鼻で笑って次のようにいった。

「君の世界にホームズはいないからな。教えてやろう。メアリーは殺されるんだ。いいや、もっと悪い。居なかったことにされるのだよ。探偵の相棒として『ジョン・ワトソン』が必要だから――」

 結局のところ、その名前が鍵だった。ワトソンは衝撃にうち震えて机に手をついた。

「そんな……」

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