60
ドイルはその身に走った悪寒を押し退け、原稿の束を掲げた。
「書けたぞ――!」
一部はネタもつきて最初の本の焼き直しのような作品である。
しかしこれだけあれば文句はあるまい。最後の話はきちんと時事問題に触れ、探偵が引退後も相棒と二人で次の事件に取り組むかもしれないと予感させる終わり方で締めた。
「私は書き物が得意だったのか」ドイルは首を傾げた。「マァムの寝物語のせいかもしれんな。今後は歴史超大作でも仕上げるか」
「パパ」
「なんだ……息子よ」
ジョンは席をはずしていた。ドイルはデニスを両手に抱えあげた。
「シャーロックはどうなるの?」
ホームズのほうではない。ドイルは返答に困った。
「彼は――その」
「使い捨てなの? 犯罪界のナポレオンなんでしょう?」
使い捨てという言葉に肩を落としたドイルは、頭を左右に振った。「私にはどうすることもできんよ」
「ペンがあるじゃない!」デニスは無邪気だった。
「これはただのペンだよ。おまえの錬金術でも人は生き返らせない」
デニスは顔をくしゃりと歪めた。そしていった。
「せっかくパワースポットまで行ったのに――」
ドイルはハタとした。
[ 102/111 ]
[*prev] [next#]
[しおりを挟む]