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ホームズはため息を吐いた。ドイルの母親は思った以上になかなか手強い。
「繕い物をしたいのだけど、針が一本見つからないの。探してちょうだいな」
「はい、ただいま」
「それが終わったら料理ね。わたくし、牡蠣料理が食べたいわ」
「はい、ただいま」
「寂しいわねぇ。楽器が弾けるのよね? 楽しい曲がいいわ」
「はい、ただいま!」
体ひとつではとてもじゃないが足りない。ホームズはいそいそと本の外へと出ていったことを後悔した。
別の世界なら新たな事件が起こるかもしれないという期待は裏切られた。
お話の世界ではどこかの誰かが頭をひねって問題提起を行ってくれるが、ここではそれもないのだ。
「何か不満でもあるのかしら」
「とんでもございません、マスター」
ホームズは早くに退場したモリアーティ教授と替わりたくなった。しかし本は手元にはない。世紀の探偵でさえこちらの世界では、本がないことにはただの人である。
ホームズは得意の悪知恵を働かせた。あの人間離れした赤ん坊はともかく、ドイルのほうならひょっとして――。
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