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 ドイルはワトソンの影法師の横顔を何度も見た。

 ホームズのほうは母親の元にいるが、彼とは一緒に暮らすはめになっているのだ。

「ジョン」

 そう呼んでくれと言われたので慣れない呼び方で親しみをこめてはいるが、振り返ったワトソンには親密さの欠片もなかった。

「……すまない。何でもない」

 デニスが父親の頬を引っ張っていった。「ジョン! パパはね、ワトソン博士が大好きなの。それでね」

「――それで?」

「……何でもない」

 親子は顔を見合せた。ジョンは机に向き直った。

 しばらくするとワトソンだけが室内に戻ったが、三人の様子に口火をきった。

「何かあったのかい?」

「別に何もない」ドイルがいった。

「うん。何もないよ」デニスがいった。

 二人は言葉とは裏腹に、明らかに落ち込んでいた。

 ワトソンは理由をきこうか悩んだが、微動だにしないジョンの後ろ姿に、何度目かのため息をこらえた。

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