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「なるほどなぁ」

 ワトソンは一度家に帰ったのだが、そのときのメアリーの反応を思い出した。そして妙に納得した。

「悪い病にかかったのか、とか実は隠し事がまだあるんじゃないかとか、そんなことばかりで……」

「本から現れたほうのワトソンと対面したからでしょうね」

 彼が書けなくなった理由のひとつに、妻の不在があるのではないかとキングズリーが言ってきたのだ。

 ワトソンはうなずいた。

「本の世界がどういう仕組みになっているのか未だにわからないが、それならあり得る。私にとって妻は世界のすべてなんだ」

「――」

「でも、仮にそうだとして……なぜ仲違いしたのだろう? 私は結婚後、妻以外の女性とは――」

 ワトソン自身に、それ以上を考えることはできなかった。

 二人のワトソンは見た目は同じだが違う存在なのだ。生きる場所も関わる人間も違うため、こちらのワトソンは底抜けに能天気な人格が形成されている。

 キングズリーは思った。いずれの世界も、誰かが書いたお話のワトソンなのかもしれない。だとすれば、このワトソンだけを責めることはできない。

 彼の妻が死んだという確証はどこにもないのだから。

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