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 ワトソンにとって、毎日がドイル家との往復での共同執筆となった。

 医者が三人がかりで一つの作品を作り上げる作業に取りかかったのである。

 ドイルの母親は満足そうに立ち去るかと思いきや、ホームズを連れて家に戻った。

「ホームズはね」デニスや子供たちはホームズを『シャーロック』とは呼ばなかった。「でしゃばったせいで事態を混乱させたから、グランマにお仕置きされてるの」

「それって、どういう――」ワトソンは冷や汗を垂らした。

「執筆はシャーロックに焚き付けさせるつもりだったみたい。続きが書ければ、教授は生き返ることができるかもしれないでしょう?」

 デニスはおしゃぶりをインク壺に換えた。「……あんな反応は誤算だったって」

「あんな」ドイルが首を傾げた。

 ワトソンにはわかった。教授は生に執着していなかった。探偵話の続きであれ、他の作品の何かであれ――。

 ワトソンは書き初めの長編の冒頭にモリアーティ、と書いた。設定を滝の前であることにしておけば、問題あるまい。

 それぞれが違う話を思いつく度に、別々の作品に着手していった。

 ワトソンはワトソンとはめったに口を聞かなかった。紅茶を受けとる仕草や考えこむ癖などに違和感を感じ、自分もああいう風に見えるのかとおかしな感慨にひたった。

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