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「な、な、何がどうなって、君が二人いるんだっ?」
ドイルの慌てようはただ事ではなかった。
ワトソンとて少しは事態を把握しているように感じていたことが、ひっくり返るほどの衝撃を受けた。
「そ、そ、それはあの本でしょう。ほら、例の。例のあれ」
「……これかな?」
もうひとりのワトソンが掲げたのは、見覚えのない表紙の本だった。加えてかなりの厚みがある。
部屋の外から覗いていた姉弟たちが、本を持って近づいた。
「私たちはずいぶん以前から疑問に思っていたの」メアリーがいった。
「シャーロックの――彼の持っている書物には滝に落ちた後の話がない」キングズリーがいった。「この話には続きがあるんじゃないかってことをね」
「――聡い子供たちだね」
ワトソンは目の端を緩ませた自分そっくりの男に、怖々と手をのばした。
男はワトソンにも触ることができた。
そうだ、もちろん続きはあるのだ。ともうひとりのワトソンはいった。
「滝壺に落ちた後の探偵の話が。ホームズいわく、正確には落ちなかったらしいのだが――」彼は首を振った。「その続きが私には書けないのだ。どうしても」
彼はパラパラと本をひろげた。本の中身は白紙だった。ドイルとワトソンは目を合わせた。
「これを二人に頼みたいのだ」
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