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「いったい――いったいこれはどうしたことだ」ドイルはその場に残ったホームズとワトソンを見つめていった。「私は奇跡を見たのか? ホームズはどこへ……他の人々はどこへ消えたのだ!」
「奇跡」ハッと声に出してホームズが笑った。「奇跡的なことかもしれないね。ワトソンの名前を思い出す機会を、自分の息子から得たんだから」
「私の、名前?」
ワトソンはどうしてホームズは消えないのだろうと本を見た。ホームズは霧状の水に全身を薄く濡らしてモヤがかかってはいたが、その場にまだ存在した。
「やわな鎖のひとつが『ジョン・ワトソン』だったのだ。わかりやすく誰もが自分に置き換えることができるような、親しみやすい名前をつけた。そのせいでワトソンは創作人物としてのドイルの記憶からは、永遠に漏れてきた。しかし」
「それを僕がいったからだね、ホームズさん。密室の鍵を開けてしまったんだ」デニスはモリアーティの消えた場所を見つめ、泣きそうな顔でいった。「――あの人はもう戻ってこないの?」
ワトソンはとまどった。『シャーロック・ホームズ』という複雑怪奇な名前を聞いても刺激されなかったドイルの想像力が、自分の名前ひとつで世界を広げてしまったということが信じられなかった。
ドイルは事態を把握しようとするのをやめ、息子の頭を抱き締めた。
「どうして君は消えないのだ」
ワトソンの素朴な質問に、ホームズは肩をすくめた。「連れて帰らないといけない男がいるからだろう。早めに降りるぞ。真の脅威は僕でも教授でもない」
グランマ――というデニスの囁きは滝の下まで堕ちた。
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