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 ワトソンは、特に連絡せずとも続いている親しい友だった。

 名前の綴りくらいであれば、間違えることもあるかもしれない。よくある名前だ。

 しかしドイルの頭の中の鎖は音を立てて切れた。ひとつ外れると連鎖的にひとつ。ぶちぶちと切れていく度に自分を縛っていた創造力の環が消えていく。

 犯罪者たちは一人、二人と煙のように跡形もなく消え失せた。無駄な足掻きでワトソンを谷へ突き落とそうとする者もいたが、「よせ。もう何をどうしても無駄だ」とモリアーティーが言うと同時に、その人間たちも消えた。

「教授!」モラン大佐は律儀にも猟銃をドイルに向けて構えたが、障害物もないのに標的をはずした。

 腕が柔だったからではない。素早く動いたホームズが銃口を上向けたからだ。

 デニスを抱いたドイルは周囲の怪奇現象に唖然としながらも、ホームズのことをよく見ようと目を凝らした。旧知の人物によく似ていると思ったのだ。

 モラン大佐は猟銃を構えなおしたが、銃の先から順番に消えてしまった。

 名前も無かったような脇役が消えても、モリアーティは落ち着いていた。手を伸ばしたワトソンを見て、「シャーロック!」とまだその名で叫ぶ赤ん坊を見る。

「さよなら」

 別れの挨拶は短いものだった。

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