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メアリーは夫の様子を不信に思い、彼を中に引き込んだ。「何かあったの? とても顔色が悪いわ」
「……」
ワトソンの沈黙は不気味になるほど続いた。メアリーは扉を施錠しようとして、家の前に停まっている馬車に気づいた。二人の貴婦人がパラソルをさして立っているが、顔に見覚えはない。
「貴方のお知り合いなの」
「――そうだよ。メアリー」
ワトソンは低い声でいった。年を取ったほうの女性が傘を下ろして一歩進み、微笑んだ。
「突然お邪魔して申し訳ありませんね。ワトソン夫人」
後ろの女性が何かを耳打ちすると、老婦人は首をふった。「馬鹿を言ってはいけないわ。ようやく役者も出揃ったのだから、貴女はわたくしの言う通りにするのよ。わかったわね」
それを聞いてワトソンは小刻みに震えだし、若い女性のほうと目配せをすると素早くうなずいた。メアリーはその一瞬を見逃さなかった。
「どういうご関係なの?」
「君は知らなくていい。私は行かなくてはならない。メアリー。本当に会えてよかった」
「何を言っているのか、わからないわ」メアリーは夫の腕を強く握った。「隠さずに言ってちょうだい」
しかしワトソンは彼女の耳の上にキスをして、両手を顔から離し、女性二人と馬車に乗って走り去ってしまった。
残されたメアリーは扉の前で呆然と立ちすくんだ。
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