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「隠し子かい。弟には見えなかった」

 スタンリーは下宿の扉を無言で閉じた。午前中の浮浪者が階段に座っている。そっと開け直すと、人影は扉の隙間からこちらを覗いていた。「ホームズさん」

「君の手が見えてね。何を驚いているのだ」

「手で僕が誰かわかるんですか。それにその格好」

「君のことなら糸屑だけでわかる」ホームズはスタンリーを中に招いた。「――観客の評判がよかったから、舞台で使おうと思った。座長の頭が堅くて困る。僕は歌手向きではないと言われた。どうせなら金になる仕事にしなきゃ」

「歌手向きでないのではなくて、役者向きなんでしょう。まだ見たことはないけど」

「端役だよ。まだ質問に答えてもらってないぞ」

 スタンリーは見知らぬ浮浪者の脇をすり抜けて肩をすくめた。「道案内を頼まれただけですよ。貴方にお金を払ったほうがいいと言ったのも彼でした」

 ホームズは首を振った。「屈んだ拍子に胸元の財布を抜くためだ」

 スタンリーは振り返り、ホームズを睨みつけた。少年は礼儀正しくスタンリーに感謝を伝えてきたのだ。いくらなんでもあんまりな言い様だ――。

 ――手を入れた場所に財布はなかった。

「僕は推測でものを言ったりしない。断言したのは『ない』と知っていたからだ」

「いったい、いつ」

「近隣をシマにしている浮浪児だ。僕の行きつけの店に同じ服があった」

 着ていた御大層な服は盗まれたものだったのか。わけありの盗品を扱う店の中には、服の貸し借りを専門にしている所もある。スタンリーは無言だった。

「君がショックを受けるのはわかる」と言われて、スタンリーは顔を上げた。

「いいえ……あんまり手際がいいものだから、感心していただけです。『彼ら』は集団ですか?」

「ああ」

「橋を渡りきる間こちらを見ていた浮浪児があちこちに居たので」

「――畏れ入るね。君の洞察力には」

「折り返した先で、路上の浮浪者が子供を脅していたんです。目に余るので通報しようか迷いましたが、高価なヴァイオリンには見覚えがあったので」

「……」

「金を入れてるのはこっちで」スタンリーは上着ではなくベストに縫いつけたポケットから、財布を出した。「あれには小型の薄いメモ帳が入っています。貴方のことだからもう読んでしまったんでしょうが、返してもらえますか」

 ホームズはうめき声をあげると、近くの床に積んであった変装用の鞄から財布を取り出した。「読んでないぞ」

「そういうことにしておきましょう」

「読んでないったら」







『モンタギュー街の下宿人6』



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