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「助けを借りたよ。電報だ――『魚も肉もやるな』? 当たり前だろう。僕を馬鹿にしているのか。君が丈夫なことを過信してふざけているのか」

 ワトスンは役に立つ。少なくともベッドの脇に座る男のように、つまらぬ言動で人の頭をかき鳴らさない。ヴァイオリンなどもってのほかだ。ドイルは掠れたうめき声で訴えた。

「僕が持っている手元の楽器に不満があるようだがね。新しい治療法を試しているのだ。大丈夫、確実に病状はよくなる。君が被験者第一号だ。いつも良くしてくれるお礼だよ」

 人間の自己再生能力についての議論もワトスンならしない。近くにさえいれば傍若無人な振る舞いも許しはしないだろう。

 ドイルは震える腕を出した。ホームズはその腕を元の位置に戻した。

「寒そうだがね。この曲を聞くと、君もすぐ南国気分」

 このやり取りを朝から再三繰り返している。咳をすれば湿度の上がる激しい音楽。頭を抱えれば頭痛の収まる音楽。顔を赤くすれば体温も冷える身の毛もよだつような恐怖音楽。

「ドイル君」

 気を失っていたらしい。南国ではなく北極の夢を見た。白い動物の音楽隊である。それぞれが好き勝手な曲を演奏するので、オペラ座も真っ青の反響でドイルの耳を焼いた。

 肉のかわりにスープである。ホームズの数あるうちの特技のひとつが、料理だった。味はわからない。

 看病疲れで欠伸を連発しだしたホームズが、こもった咳をし始めた。ドイルは身ぶりで「大丈夫か」「向こうへ行け」「是非とも向こうへ行ってくれ」と指示した。

「僕もうつったようだ。隣で寝ても構わないかい」

 面倒になって適当にうなずいたのが悪かった。ホームズは隣のベッドではなく同じベッドを占領した。六フィート越えの悲惨さである。ベッドは窮屈になった。そのまま眠りについた。

 翌朝には形勢逆転である。ホームズは起き上がれなかった。ドイルは嬉々としてヴァイオリンを手にした。

 ホームズは震える腕を出した。「僕はヴァイオリンに耐性があるからね。無駄な真似はしないことだよ。少し寝かせてくれ。君の良心を信じる――」

 ドイルはうなずいた。無理強いはよくない。そしてガウンのまま部屋をそっと出て、目的のものを見つけるとホームズの元に戻った。

「ヴァイオリンが駄目だそうだから。ここに来月上演するオペラの楽譜があってだね。いやなに、私は知っての通り脚本担当だが、君がどうしてもというなら昨日のお礼に全曲歌ってやらないことも……」







『ふたりの礼賛』



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