【事件簿】


060)刹那の戦慄



 訥々としたガス灯の明かりが足元を照らし出す。音を立てるなと指を出す相棒の合図に、医者はうなずいた。

 叫声が響く。続いて罵声。慰みものになっているであろう女の声に、医者は持ち前の正義感で拳を丸めた。その手を探偵の乾いた指が握る。彼は表情を崩さなかった。額には薄ら汗を浮かべているが、冷えた指先は力強い。

「ぁ……! ぁ!」

 淫らな声に合わせた振動に、医者はうなった。叱責の混じった鋭い視線を探偵が寄越す。恐怖からではない震えが起きた身体が前に出ると、痩身が押し戻した。生理的に硬く反応した場所を知られぬようにと身体をずらすが、上着を後ろ手にわしづかみにされた。まだだ。

「この淫売……気持ちいいか……っ。ほら見てみろ、へばりついて呑み込んでやがる。俺の息子はでかいからな。裂かないようにしてやるから、腰を使え」

「ゃあ……いやぁぁ!」

 女は名前を叫んだ。婚約者の名だ。医者は顔を憤怒で真っ赤にさせて、先を急ごうと鼻を鳴らした。探偵の歯ぎしりを間近に聞く。駄目なのだ。男は銃身を女性の下腹部で揺らめかせている。突入するタイミングを間違えれば女は死ぬ。

 しかしそれは、彼女の胎内に男の汚い種をまき散らせるまで待つことを意味していた。徐々に抵抗だけではない嬌声が上がる。無垢な皮を破られ全力で相手の欲望を搾り取り、しがみつこうとする憐れな女の脚を見た。背の高い探偵からはそれ以上が見えるはずだ。

「い、ぃいっ。やぁ……」

 女は狂おしく肢体をねじり、高々と持ち上げられて突っ込まれた。卑猥な水音と擦れるシーツの海に溺れ、美しいブラウンの長い髪を振り乱す。延々と時間だけがすぎた。重苦しい呼吸が絶え絶えになり、うっと呻いて男が果てた。注ぎ込まれた精液に震え、女は人形のように打ち捨てられた。

 笑い声をあげて、またがっていた女から身体をのける。拳銃を持ったまま開いた扉の傍にやってくるのと、探偵が押し止どめていた医者の胸を離すのが同時だった。

 殴り合いは長くは続かなかった。意識を失ったふりをしていた男に逃げられる。追おうとした医者を、探偵が鋭い声で引き留めた。

「奴は逃げられん。通りの向こうに警官隊がいるはずだ――こっちに手を貸してくれ」

 探偵は怯えて叫ぶ女の傍で立ちすくみながらいった。予想より酷い。依頼人の話から状況を察知していたため、警官は建物にくれぐれも近づくなと言ってあった。女の名誉を守るためだ。

 探偵は女に自分の名前を名乗った。彼女は高名なその名に紳士を見比べ、羞恥で顔を隠した。しかし興奮におさまらぬ身体をよじらせる。探偵は瓶の匂いをかぎ、少し舐めた。女はことが始まる前に無理やり飲まされた酒に含まれていたものの正体を知った。

「お、おね、お願い」女はいった。「リチャードに知られたくない。こんな、わたしは見せたくないの。だから……っ、だから」

 探偵は無表情だった。女は行き場を失った情欲に震え、冷淡な男の顔を見つめると、顔を逸らした。「ごめんなさい……貴殿方は、外へ出て。しばらく、ひとりで」

 やってみるから、という言葉を女は飲んだ。首筋に回った探偵の指が背筋を這って伝いおりたからだろう。電流を流された魚のように跳ね、女は探偵を仰いだ。

「貴女を辱しめる気はありません。薬が切れるころには今夜の出来事を一切忘れると約束してください。貴女を奪ったこの指が」探偵の手が前に回り込み、蜜壷にゆっくりと押し込むと、女はひっと息をした。「最初に知った男の味だと覚えて」

「……っぁ」

 抜かれる感覚に反応し、女は羞恥で頬を染めながら探偵の手首を掴んだ。別の生き物のように動く白い腕に絡みつかれると、探偵は裸の身体を支えて後ろ向きに抱き抱えた。彼女の後ろ髪にキスをする。うごめく腰に指を挿入したままだった。

 ワトスン、扉を閉めろという声に従い、医者は素直に外へ出ようとした。しかし探偵はいった。「――この美しい淑女に、ひとりで挑めない僕を助けてくれるかい」

 女は嗚咽した。「淑女なわけありますか……っ。わた、わたしは。出自も怪しく、年も、若くない。愛するひとに捧げられる唯一のものも無くした、馬鹿な、愚かな」

 医者は落ちている鍵で扉をきっちりと閉めた。「ホームズ。唇はものを食べるためだけについているのではないよ」

 振り返ると、探偵は女の唇をしっかりと塞ぎ、横抱きに抱えて彼女の髪を撫でていた。「ん……ぅん……」

 己のうちを探る指に翻弄され、女は目を硬く閉じていた。医者は探偵の上着を片手ずつ後ろから脱がせ、ベッドに膝をついた。探偵の股間は静かなままだったが、そのまま女を押し倒す。ベストとシャツをめくりあげ、医者は二人の上に乗り上げて四つん這いの探偵の腰に口づけた。半分脱がした下を直に揉みしだく。緊張感からか慣れない異性を前にしているからか、探偵はなかなか勃起しなかった。

 幾度もキスを繰り返す二人の脚の間に、医者の頭が割って入った。先端を優しく舐め玉袋をやわやわとさすると、上から息を詰める声が聞こえる。急に荒々しくなった呼吸に合わせ隆起し始めた。少し離すと医者は二人を見た。女は探偵の頬をつかみ、蒸気した互いの顔を恍惚と眺めていた。

 探偵は唇を離して目を閉じた。上がった息を整える。「お分かりでしょう。我々には秘密があるのです。貴女が一声あげればどちらも破滅だ」

「それは同時に、わたしの破滅も意味します。感謝します、ホームズさん。秘密を共有させてくださって」

「――挑んだことはありますが、僕にとっては貴女がはじめての女性になります。本当は彼にすべてを任せるべきなのだ」

 探偵は喘いだ。医者が抗議の代わりに耳の裏に口づけたからだ。神経質な黒い眉を寄せ、探偵はうっとりとした表情を浮かべた。禁欲的な紳士の見せる一瞬の交わりが、言葉以上の説明を女に与えた。

 女はうつむいて唇の端を持ち上げた。「貴方の大事な方を奪っては、地獄に堕ちても文句は言えません。さあ――来て」

 片膝を持ち上げて怒張をピタリと入り口につける。探偵の牡は医者が持っていた。探偵はじっくりと時間をかけて、女と繋がった。女は探偵の髪を優しく撫でつけ、医者を見上げた。彼はその指先を取り、礼儀正しく手の甲にキスをした。

 快楽の波に堪える背中を、医者は後ろから抱きしめた。引きずり出した硬い屹立の先走りをなすりつけ、穴をほぐし始める。足りない分は、上下している接合部から溢れる女の愛液で補った。

 探偵が挿入る度に高い声をあげる。探偵ははじめこそ唇を噛んでいたが、女が巧みに誘導するうちに声を出した。括約筋を締めつける力に、医者はときどき休憩を挟んだ。指を持っていかれそうだ。

「ぁっ、あっ! ああ……!」

「……っ」

 逝った女の内壁の襞に搾られかけるが、医者が引き離す。白濁は下腹部にかかったが、中でも少し出ていた。先走りだけで妊娠することがわかっていたが、仮に種が実を結んで華を咲かせたとしても、女は育てるつもりだった。こうしてもらえば、父親が犯人か探偵かはわかるまい。

「……ワト、スン」

 双丘を手で掻き分け、医者が彼に覆い被さった。血管が浮き出る怒張に貫かれる。探偵は背を反らして医者の上着を掴んだ。出したばかりにも関わらずピンと勃起した前を、女は静かに見つめた。

 紳士二人は女の上で交わった。女は小刻みに揺れる探偵の長身の下をかいくぐり、奮える陰茎に医者の指ごと唇をつけた。探偵は女の意思を阻止しようとその頭を押さえたが、おそるおそる始まった口淫のよさに呻いて完全に屈服した。

「ぅ……っ。……!」

 シーツを掴んで悶える。女は医者の手で自分の胸を揉んだ。医者の抽挿は緩やかになり、入口付近のポイントを集中的に攻め始めた。探偵はベストのボタンを自分ではずし、シャツの上から乳首をなでさすった。女は口を放して手を添えた。医者は彼女の指ごと探偵の屹立を握り、その上を探偵がさらに握った。

 深い突きで医者と探偵は弾けた。女は顔面に受けた精に目を閉じ、弛緩しても自分を押し潰さぬよう身体を丸めた探偵自身にほおずりした。


 三人は重なりあって、それぞれの涙を隠した。


End.


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