【京極堂】


『賀春』(関口)




幾晩も躯を重ねて、飽きもせず快楽を貪ったのだが。


互いが年をとると、若い頃の擁な責っ付いた交渉はしなくなる。


平均寿命は女性のほうが長いにもかかわらず、暗黙の了解で妻二人は先に天に召された。


「敦ちゃんのところは最近どうなのだい。君の姪に子供ができるそうじゃないか」


私は隣で眠る用意をして、京極堂に声をかけた。


「僕を何と呼ばせるかで揉めているようだよ」


君はなんて呼ばれたいのかな、と不明瞭な口を利いた。声帯も年をとるのだ。


京極堂は寝転んだまま、皺の深くなった顔を破顔させた。


「お祖父さん、は勘弁してほしいな」


嘘だとすぐに判る。最初の甥っ子が四十の年で出来たとき、名付け親に指名されたら大喜びで筆をとった男だ。


子供に恵まれたら、自分と違ってさぞやいい父親になったろう。


どちらも跡継ぎは出来なかった。


「関口君」


うん?と尋ねて今は一日一本にしている煙草に火をつける。


「敦子から云われるだろうが」


「......君との同居についてかね?」


それはもう時効だよ、と笑い。


「その、孫なんだが。産まれたら」





君が名前をつけてやってくれ。





失語の発作など、京極堂の家で暮らし始めてから起こらなかったのだが。


取り落とした紙巻きを京極堂が拾って、一口吸ったら返してきた。


「なあに、まがりなりにも君は作家だからな。この世の名残に人の名を遺すのもいいだろう」


「まだ死ぬには早いぜ」


ああ、僕より長生きしてくれなくては恨む。と云った。


「関口君、今夜はこっちの布団に入り賜え。寝物語を聴かせてあげよう」


「恐い話以外で頼むよ」


くす、と微笑んで手招きをした。




今年も無事に年が越せそうだ。







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