【京極堂】
『聖夜』
「クリスマス?」
「ああ、酒とつまみじゃ榎さんや旦那はよくても、君はつまらないだろう。今年は二人共来ないし」
余所の国では恋人同士の夜を楽しむんだぜ、と関口が云った。
「誘っているのか?」
目を合わせようとしない。助け船を出さないと、いつまでも無言だろう。それでも相変わらずもごもごしている。
自分はこの男に甘い。
「家に帰るしかないだろう?雪絵さんがいるじゃないか」
問いかけには応えず、耳の後ろをかいて呻いた。
「千鶴さんは実家の手伝いで正月まで帰らないのだろ......最近よく知られてきた風習のせいで、甘い物が売れるから」
クリスマスだよ。今夜はふたりで過ごさないか、と小さな声でいう。
ピンときた。
「榎木津かい」強く眉を寄せた。
「独り寂しく過ごすのだろうなあとか、奴が云ったのかい」
「......そんなことは」
帰れと瞭然云った。その理由について十分ほど説教をすると。
黙っておとなしく聴いていた関口が面をあげる。
なあ、京極堂。
「それならうちに来ないかい。雪絵がケーキを焼いてるらしいから」
反論する口が止まった。
雪。家。ケーキ?
「君のほうが甘いものは好きだし、どうせ食事は夕方に蕎麦屋で頼むのだろう」
「......関口君」
帰り賜えと、座敷から猫の擁に追い払った。
独りになると、暗い座敷の書籍ばかりが目に留まる。
空虚な時間も唯一相手をしてくれる恋人だ。
ため息をついて、関口がずっと手元で読んでいた英吉利の本を手にとる。
アーサー・C・ドイル
『青色の宝石』
シャアロック・ホームズ。
「君たちはいつも一緒だな。片割れが既婚者のとき、家に招かれたのかい。先生」
関口を呼んでる擁な気がして、口を閉じた。
招かれたのだろう。断ったのだろう。そして矢ッ張り私と同じく。
ひとりで煙草を吹かしたのだろう。
聖なる夜は読書で過ごした。
prev | next