【京極堂】


『中禅寺家の一族(夕紀子)』



 遅くに夏美ちゃんが来たことから話せばいいのかしら?



 直接血の繋がりはないのだけど、共通の敵がいるお陰で仲がいいのです。



 敦夫君と私。



 敵の名前ですか?どうでもいいじゃありませんか。

 それよりあの人の妹・奈津子さんはよく出来た人です。

 少なくとも『中禅寺家の呪い』なんて馬鹿げたことは言わないんですもの。

 誰がウォーター・ボーイズするのかしらね。全員で?

 ふふふ。老人の足と野太い男たちの大量の足。





 探偵が出る前に石膏責めにでもしなきゃ。





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 あらやだ。敦夫君、そんな顔しないで頂戴。冗談。

 そうねえ。敦子おばあさまに感化されたのね。奈津子さんにも。


 亡くなった千鶴子おばさまより、敦子おばあさまに似てらっしゃるの。姪っ子でしょう。

 ええ?あ、そうだったわね。

 敦子おばあさまは健在だから、つい皆と同じように呼んでしまったわ。



 敦夫君のお母さまです。



 私と同じ身の上で、子供を産んで早くに離婚なさったから、当時はすごく苦労が多かったみたいなの。

 女手一つで出版社を立ち上げて、いまでも私の憧れの方よ。

 秋雄を連れて中禅寺の家から離れると言ったとき、就職させて頂いたご恩もあります。

 父の携帯小説を売り込んで、書籍化したり映画化したりを企画したのも彼女。

 『私と拝み屋と淡い恋』以降は全部BLなのにね。

 いまは私が出版社を継いでいるから、





 父に今後ホモを書かせるかどうかは悩み所です。





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 名前を呼んではいけないあの人のことで来たのかしら。

 はりーぽっちゃり?なあに……?ああ、魔法少年ね。

 厄介ねえ。この呼称使えないのかしら、もう二度と。

 黒い人と言えば鼻もげらじゃなくて、



 ――――中禅寺秋彦でしょう。



 もちろん偽名よ。仮名よ。それくらいのこと、私にもわかります。敦夫君、あなたちょっと黙ってて。

 敦夫君のお父さま、鳥口さんは、いろんなことの覚えは悪くても名前は間違えないのですけど。

 敦夫君はむかし、薔薇十字探偵社に勤めていたから、気質が似てしまったんだと思うわ。

 敦子おばあさまが働いているとき。

 家で一人淋しくしていた敦夫君を、榎木津さんが可愛がってくれたのよね。

 鳥口さんもよくお見かけしたし。どちらかといえば中禅寺家の子供たちは、





 京極堂ではなく探偵社で遊んでいたんです。





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 私が中禅寺姓になったいきさつは、敵の話をしなくてはならないから省くわね。

 ただ、そうね。

 夫婦っていろいろだけども、あの人は私に宝物をくれたのです。



 秋雄ちゃん。



 あら、こう呼んだらさすがに返事をしないのね。男の子って嫌だわ。昔からそうだったかしら。

 敦夫君、本当にうるさいわよ。

 秋雄には見えない所でやってるのだから、大丈夫よ。

 なぜか大人の間で夏美ちゃんの携帯が出回ってるなんて、秋雄も知らないのだから。

 心配いらないわ。

 京極堂に忘れてきたみたいだから、取りに行かなきゃって胃が痛むそうよ。

 外見だけでも中禅寺のお養父さまにそっくりでよかった。

 確かに一般的な大学生より細すぎると思うわ。それでも猫背よりましでしょう。

 私の父は秋雄の目は見ないけど、孫をものすごく可愛がっているのはわかるの。

 秋雄の書いた携帯小説、私には読ませてくれないけど。あの子は天才だ、凄い才能だって落ち込んで鬱の発作。





 昨日は一日中、寝込んでいたもの。





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 中禅寺の家の中で、異質なのは私と鳥口さんね。

 正確には私たちだけ、中禅寺家の人間ではないのです。


 父・巽は言うまでもないけど。


 そもそも母が亡くなったのが一番早くて、それはお養父さ……秋彦おじいさま以下みんな納得したことでした。

 母は若いころに相当な目にあったらしいわ。

 今の父を見てれば理解できるのですが。

 私はほとんど母・雪絵を知らない。敦夫君も秋雄も、お父様と離れてもお互いに生きてるでしょう。



 私の場合は、違うの。



 敦夫君が書きたいことを書いとけと言うので、そうねえ。

 生きていたら会えるけども、死んでしまったら会えないのでしょう。

 別にいいんです。

 世間体とか気にする年でもないのだから、したいなら同居させてしまえばいいと思うの。

 お年寄りが二人で暮らしていたって、別に不思議がる必要ないわ。

 墓まで共になんて無茶なこと、いまさらできないの。もういっそ諦めて、





 一緒に住ませましょうよ。





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 あの猫の話をしなくてはならないのでしょうけど。


 そもそもの発端はそこから始まってる気がするの。

 母の名前がついていて、別れた夫が可愛がっていて、父はカナリア・京極堂を愛していて。

 私が怒った理由なんて、本当はそんな単純なことではないのです。



 あの朴念仁には一生わからない。



 我慢ならなくなってしまったら、関係というのはどんな形でも断ち切らなきゃいけないもの。

 長く続けば幸せだなんて、誰が決めたのかしらね?

 あるいはたった一人の人と添え遂げるお伽話。

 敦子おばあさまは離縁が赦されない時代の方だったけど。

 気持ちの離れた男女が共に暮らし続けるほうが、よっぽど不義理だと別れたのです。

 だから敦夫君はわりと真っ直ぐ育ったのよ。多少変わり者なのは探偵社のせい。

 拗ねないでよ。甘えるのは奈津子さんにしなさいな。

 ただね。私は思うの。


 いっそもう少し早く、あの二人の同居の話が出てさえいたら





 秋雄あたりは二人の子供として預けてもよかったのかもって。






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