【京極堂】
『中禅寺家の一族(龍彦)』
何故我が息子が、なっちゃんの携帯を持っていたのか、理解したのはつい先程でした。
デコ電というらしいですな。
可愛いにゃんこのパーツが剥がれかけていて、接着剤でもって必死でくっつけようとした矢先に。
ニャンニャンという電子音がなって、いてもたってもいられなくなり。
開いたらこのサイトへ入った感想メールを覗いてしまったわけでして。
書き込みせずにはいられなくなりました。
中禅寺龍彦と申します。なっちゃんこと中禅寺夏美は、私の姪にあたります。
私たちはにゃん友です。
私は――――恐らく父・秋彦の遺伝かと考えられるのですが、猫が大好きでして。
父は昔から、仏頂面が服を着て歩いているような男でしたが。にゃんこだけには目がなかったはずなのです。
神社に捨てられていた猫を飼ったのが最初だと、叔母・敦子に聞きました。
みーみー言ってるものに弱いんです。
読書の邪魔になると言うので、よく外にほうりだしたりするのに。
私の知る限り、父は猫を欠かしたことはありません。
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対照的に息子の秋雄はどうでしょう。
あの美しき白猫・雪絵さんにすらなびかない。
どころか、雪絵さんのほうは彼を愛してやまないそぶりなのにもかかわらず。彼女を避けて祖父の待つ座敷へ行ってしまうのです。
愛猫家の皆さま、信じられますか。
猫は寂しいと死んでしまうのですよ。兎と同じで絶食したりするのですよ。
まあ狂暴なところも多少はありますが。絶食の後、元妻の大事にしていたカナリアを食べてしまったり。
猫の性質としては当たり前のことだと言うのに、あれ以来夕紀子は私を赦してくれません。
三行半を叩きつけられた親戚と、同じ運命を辿ることになりました。
何故猫を貰いうけたと責め、世話をしきれなかった自分の父である巽氏とも、口を聞いてないようです。
私が思うにカナリアの名前も悪かったと…………いえいえ、冗談で『京極堂』と名付けたのは私なのですが。
雪絵さんと京極堂は、思えば以前から反りが合わなかったのです。
鳥と猫だから?違います。
京極堂のほうが、巽氏に可愛がられていたからです。
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京極堂はそれはそれは綺麗な声で鳴く鳥でして。
聞く者をうっとりさせる、深い音色で巽氏を魅了していたのです。
「京極堂の鳴き声を聴くと、創作意欲が湧く」
と言って、巽氏は携帯小説を老齢になってから書き始めました。
巽氏の大ファンである秋雄だって、その恩恵は受けているはずなのですが。
夕紀子にしたところで、自分の母親の名をつけたのは彼女自身なのだし。
雪絵さんは、その当時父・秋彦が飼っていた猫の子供で。
父が寂しそうだからと、子猫を一匹貰ったのも夕紀子です。
それでも巽氏は、雪絵さんより京極堂に夢中。鳴き声を聴く度にうふふっと笑い。その。何と言いますか。
――――いい年の大人がみっともない有様でした。
従って巽氏は私たちの家に入り浸り。秋雄は巽氏に懐き、私の父・秋彦とは接点を持たず。
今の関係図が出来上がったというわけです。
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雪絵さんはさまざまな事情のあと、京極宅に預けることになりました。
私の見たところ、父には懐いていないようです。
私も一人身になったのだし、雪絵さんをくれたっていいと訴えたのですが。
自分も猫好きのため、いくら名前を呼びにくくても、もはや手放そうとはしないのです。
父はその日も、まず雪絵さんを複雑そうに一瞥し、本に目を戻しました。
私と秋雄には挨拶すらしません。
「お父さん。秋雄も来ています」
「見れば判る。座りなさい。行事の手続きは」
「済みましたよ。――――秋雄」
何か言え、と顎をしゃくりましたが、秋雄は固まって動かないままです。
まあ、私にも気持ちは判るのですが。
雪絵さんは白い体を軽やかに持ち上げ、そこにいた人物の腹に乗りました。
「おっ。雪ちゃん?ふふん、起きちゃったじゃないか。あ。タツ坊にアキちゃん!」
久しぶりだな、こっちゃ来いこいと手招きをする方の名前は。
榎木津礼二郎でございました。
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秋雄は榎木津老の天真爛漫な笑顔を見て、引き攣った笑みを返しました。
そういうところは父・秋彦に似ず、無器用でわかりやすいのです。
秋雄は人と関わるのが極端に苦手なので、巽氏以外にはいつもこのような反応でした。
同族嫌悪のようなものはないのか、不思議でなりませんが。少なくとも彼の苦手な方の祖父と同じく、榎木津老とは距離をとる。
慎重なところは私に似たのかもしれません。
「何度見てもそっくりだなあ。アキちゃん、顔をよく見せなさい。仏頂面だと女の子が寄り付かないよ」
「…………頭を撫で回すのはやめてくれ、榎木津さん」
「どうして榎さんと言わないの」
祖父さんとごっちゃにされたくない、と心の声が聞こえた気がします。
父も思ったのでしょう。本のページを黙って繰りながら、秋雄の顔をちらっと見ました。
深く刻まれた皺のせいで、榎木津老より老けて見えます。
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私が少し席を外して茶を入れてもどると。
雪絵さんの代わりに、息子が榎木津老のおもちゃにされていました。
「涼しくなったら遊びに行くとあんなに言ってたのだから、もっとうちにも来なさい!」
髪は引っ張るわ足腰でもって蹴り上げるわ。
まるで子供の喧嘩です。父・秋彦は、飛ぶ鳥を射殺しかねない目で読書をしています。
「や、やめてくれよ。じいさん、この人を何とかしてくれ!」
「関口が来たら代わってくれるだろう。僕は忙しい」
実際は止めてやりたくて仕方ないのでしょう。一向に本のページをめくらないので、私にはわかります。
「中ぜ…………夏美が言ったんでしょう。僕は忙しいから無理です、榎木津さん」
おや。聴きましたか?自分も中禅寺には違いないのだ。止せばいいのに、なっちゃんを苗字で呼ぶ。
この意味がわかりますか。
幼なじみが名前で呼び合わなくなるのは、男女を意識しているからです。現に従兄弟はそうでした。
嘆かわしいことに、私の妹を娶った。産まれたなっちゃんは、確かに可愛い女の子なのですが。
結婚となると話は別です。
中禅寺の名前を絶やさないとなると、秋雄は必然的に養子となり、姓を戻すことでしょう。私には耐えられません。
中禅寺敦夫に妹だけでなく、息子まで盗られるなどと!
飛躍しすぎだとおっしゃる。まだ若いのだし他に相手もできるだろうと?
これは中禅寺家の呪いに関わる話なのです。
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