【京極堂】


『中禅寺家の一族(龍彦)』



 何故我が息子が、なっちゃんの携帯を持っていたのか、理解したのはつい先程でした。



 デコ電というらしいですな。

 可愛いにゃんこのパーツが剥がれかけていて、接着剤でもって必死でくっつけようとした矢先に。

 ニャンニャンという電子音がなって、いてもたってもいられなくなり。

 開いたらこのサイトへ入った感想メールを覗いてしまったわけでして。

 書き込みせずにはいられなくなりました。

 中禅寺龍彦と申します。なっちゃんこと中禅寺夏美は、私の姪にあたります。



 私たちはにゃん友です。



 私は――――恐らく父・秋彦の遺伝かと考えられるのですが、猫が大好きでして。

 父は昔から、仏頂面が服を着て歩いているような男でしたが。にゃんこだけには目がなかったはずなのです。

 神社に捨てられていた猫を飼ったのが最初だと、叔母・敦子に聞きました。

 みーみー言ってるものに弱いんです。

 読書の邪魔になると言うので、よく外にほうりだしたりするのに。






 私の知る限り、父は猫を欠かしたことはありません。






□□□


 対照的に息子の秋雄はどうでしょう。


 あの美しき白猫・雪絵さんにすらなびかない。

 どころか、雪絵さんのほうは彼を愛してやまないそぶりなのにもかかわらず。彼女を避けて祖父の待つ座敷へ行ってしまうのです。

 愛猫家の皆さま、信じられますか。

 猫は寂しいと死んでしまうのですよ。兎と同じで絶食したりするのですよ。

 まあ狂暴なところも多少はありますが。絶食の後、元妻の大事にしていたカナリアを食べてしまったり。

 猫の性質としては当たり前のことだと言うのに、あれ以来夕紀子は私を赦してくれません。

 三行半を叩きつけられた親戚と、同じ運命を辿ることになりました。

 何故猫を貰いうけたと責め、世話をしきれなかった自分の父である巽氏とも、口を聞いてないようです。

 私が思うにカナリアの名前も悪かったと…………いえいえ、冗談で『京極堂』と名付けたのは私なのですが。

 雪絵さんと京極堂は、思えば以前から反りが合わなかったのです。

 鳥と猫だから?違います。






 京極堂のほうが、巽氏に可愛がられていたからです。






□□□



 京極堂はそれはそれは綺麗な声で鳴く鳥でして。


 聞く者をうっとりさせる、深い音色で巽氏を魅了していたのです。


「京極堂の鳴き声を聴くと、創作意欲が湧く」


 と言って、巽氏は携帯小説を老齢になってから書き始めました。

 巽氏の大ファンである秋雄だって、その恩恵は受けているはずなのですが。

 夕紀子にしたところで、自分の母親の名をつけたのは彼女自身なのだし。

 雪絵さんは、その当時父・秋彦が飼っていた猫の子供で。

 父が寂しそうだからと、子猫を一匹貰ったのも夕紀子です。

 それでも巽氏は、雪絵さんより京極堂に夢中。鳴き声を聴く度にうふふっと笑い。その。何と言いますか。



 ――――いい年の大人がみっともない有様でした。



 従って巽氏は私たちの家に入り浸り。秋雄は巽氏に懐き、私の父・秋彦とは接点を持たず。






 今の関係図が出来上がったというわけです。






□□□


 雪絵さんはさまざまな事情のあと、京極宅に預けることになりました。


 私の見たところ、父には懐いていないようです。

 私も一人身になったのだし、雪絵さんをくれたっていいと訴えたのですが。

 自分も猫好きのため、いくら名前を呼びにくくても、もはや手放そうとはしないのです。

 父はその日も、まず雪絵さんを複雑そうに一瞥し、本に目を戻しました。

 私と秋雄には挨拶すらしません。


「お父さん。秋雄も来ています」

「見れば判る。座りなさい。行事の手続きは」

「済みましたよ。――――秋雄」


 何か言え、と顎をしゃくりましたが、秋雄は固まって動かないままです。



 まあ、私にも気持ちは判るのですが。



 雪絵さんは白い体を軽やかに持ち上げ、そこにいた人物の腹に乗りました。


「おっ。雪ちゃん?ふふん、起きちゃったじゃないか。あ。タツ坊にアキちゃん!」

 久しぶりだな、こっちゃ来いこいと手招きをする方の名前は。






 榎木津礼二郎でございました。






□□□

 秋雄は榎木津老の天真爛漫な笑顔を見て、引き攣った笑みを返しました。

 そういうところは父・秋彦に似ず、無器用でわかりやすいのです。

 秋雄は人と関わるのが極端に苦手なので、巽氏以外にはいつもこのような反応でした。

 同族嫌悪のようなものはないのか、不思議でなりませんが。少なくとも彼の苦手な方の祖父と同じく、榎木津老とは距離をとる。

 慎重なところは私に似たのかもしれません。


「何度見てもそっくりだなあ。アキちゃん、顔をよく見せなさい。仏頂面だと女の子が寄り付かないよ」

「…………頭を撫で回すのはやめてくれ、榎木津さん」

「どうして榎さんと言わないの」


 祖父さんとごっちゃにされたくない、と心の声が聞こえた気がします。

 父も思ったのでしょう。本のページを黙って繰りながら、秋雄の顔をちらっと見ました。






 深く刻まれた皺のせいで、榎木津老より老けて見えます。






□□□

 私が少し席を外して茶を入れてもどると。

 雪絵さんの代わりに、息子が榎木津老のおもちゃにされていました。


「涼しくなったら遊びに行くとあんなに言ってたのだから、もっとうちにも来なさい!」


 髪は引っ張るわ足腰でもって蹴り上げるわ。

 まるで子供の喧嘩です。父・秋彦は、飛ぶ鳥を射殺しかねない目で読書をしています。


「や、やめてくれよ。じいさん、この人を何とかしてくれ!」

「関口が来たら代わってくれるだろう。僕は忙しい」


 実際は止めてやりたくて仕方ないのでしょう。一向に本のページをめくらないので、私にはわかります。


「中ぜ…………夏美が言ったんでしょう。僕は忙しいから無理です、榎木津さん」


 おや。聴きましたか?自分も中禅寺には違いないのだ。止せばいいのに、なっちゃんを苗字で呼ぶ。

 この意味がわかりますか。

 幼なじみが名前で呼び合わなくなるのは、男女を意識しているからです。現に従兄弟はそうでした。

 嘆かわしいことに、私の妹を娶った。産まれたなっちゃんは、確かに可愛い女の子なのですが。

 結婚となると話は別です。

 中禅寺の名前を絶やさないとなると、秋雄は必然的に養子となり、姓を戻すことでしょう。私には耐えられません。

 中禅寺敦夫に妹だけでなく、息子まで盗られるなどと!

 飛躍しすぎだとおっしゃる。まだ若いのだし他に相手もできるだろうと?





これは中禅寺家の呪いに関わる話なのです。






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