【京極堂】
『中禅寺家の一族(秋雄)』
『管理人は不慮の事故で身罷ったゆえ当サイトは閉鎖させて戴く所存に』と打ったら、
「こんなところ誰も見ちゃいないんだから、何書いてもバレたりしないって。秋ちゃん続き書く?」
ときたもんだ。ちなみに昔はそう呼ばれてた。夏美のほうも大体想像つくだろ。ああ、偽名だけどね、もちろん。
きみの駄文がたくさん読まれるのは、みんな中禅寺という家系について興味津々らしいが。
関じいのマネをして、僕が始めた携帯小説のサイト。読んでくれるのは一日二人くらいなのだぜ。
――――悪いか僕が携帯小説書いてて。笑うな、きみだって似たようなものじゃないか!じいさんだってほめてくれたさ。
関口のほうはね。
中禅寺のじいさんは読んでもくれやしない。一次創作は、アクセスしてもらうのさえ一苦労なんだとそれとなく話しても無視。
関じいのことも馬鹿にしてるんだ。
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聴いた話と写真によると、亡くなった祖母たちはかなりの美人だったらしい。
遺伝しなかった僕は草食系男子の手本だと言われてる。外見が京じい、中身が関じいに似てしまったからだ。
関じいは早く生まれすぎたのだと僕は思う。
いまどき鬱病なんて珍しくもない。血筋なのかどうかは知らないが、僕だって精神科に通ってるんだ。
僕は中禅寺改め関口秋雄という。
本名?知るかそんなの。夏美のつけたこの偽名は、かなり近いとだけ言っておこう。
だが正直、関口姓を名乗れるのは嬉しい。
関じいは天才だと思う。
紙面の小説はわけがわからないのに、携帯でポチポチしてると泣かせる文章を書くんだ。
僕もあんな風に書きたい。…………BLというヤツなのだが。
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関じいが好きか?京極のじいさんよりはと言っておこう。
物心ついた時には両親は離婚して、僕は母ひとり子ひとりで暮らしてきた。
父親はたまに京極堂で見かける程度だ。正月も集まるが、なぜか話をしたことがない。
ひどく無口なのだ。
僕は目が悪くて眼鏡をかけている。そのことについて一度、
「暗がりで本を読むな」
と言ったきりまもな会話をしてない。中二だった。普通の親子関係ではないな。
対称的に、じいさんは能弁だ。
厳格を絵に書いたような見た目なのに、口を閉じているのは見たことがない。
本を読みながらしゃべり通す。よどみなく弁舌を繰り広げるので、うっとうしい。
あれを喜んで聴いてられるのは、関口のじいさんと。
いま目の前を歩く、僕の父親だけだ。
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僕の父は近くに住んでいるが、普段はほとんど京極堂には寄らない。
継がなかった神社をときどき掃除する程度だ。
ゆえに電話で聴く声が誰かわからないほどのつながりだが。眩暈坂を半分登ったところで、めずらしく声をかけられた。
宮司の恰好をしている。秋祭りをするとかしないとか、言っていたな。
「秋雄」
背中越しにこちらを見る。僕はため息をこらえた。
何を言われるか、大体の想像はついた。
「わかってるよ。でも、じいさんが手伝わなくってもいいって言ったからだ」
「建前だ。大学の課題があるからだろう。親父はおまえに甘い」
どこがだよ。僕は京じいに可愛がられた記憶がない。
子供のころ本棚を倒して、無言で三時間座敷で正座させられたんだぜ。それ以来京極堂は鬼門だ。
「お養父さんのところには入り浸りだろう。違うか」
関じいのことである。含むところがありそうだな。
夏美じゃないが、僕だって中禅寺家の問題に関わってる。気にはしているさ。
じいさん二人が同居したら、生活は変わってしまう。
鬼門だろうが肛門だろうが、訪ねないわけにはいかなくなるのだ。
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父は線の細い京じいと違い、背が高くがっしりしてる。
「うっ」
古い造りの門構えに頭を打ちそうになった。僕がついて来ているか、確かめて歩いていたからだ。
畜生。ぶつかればいいものを。
体力がなくても、京じいに似てさえすれば、息は切らさなかったに違いない。
急に憂鬱になるな。
京じいの次に苦手な父と。親子三代、何を話せというのだろう。
庭先をぐるりと周り、雪絵さんと会った。途端に父の顔が赤らむ。父は雪絵さんにベタ惚れである。
やめてくれよ。僕のテンションは下がるばかりだ。
「雪絵さん、久しぶりですね!ますます綺麗になりましたよ。少し痩せましたか?いやいや、親父に言っておきます。私の家に来ればもっと美味しいものが…………あっ、待ってください。行かないで!」
一気にしゃべったのは父だ。中禅寺龍彦だ。
離婚の直接の原因も、この名前が原因だった。
気色悪い。事情を知るものは、これも何かの呪いじゃないかと言っている。
しなやかな肢体を見せびらかすように、目の前を横切る雪絵さん。
雪絵さんは、元々関じいの家で飼われていた猫である。
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