【京極堂】
『慕情』(関口)
傲慢ですね、貴方は。
その言葉の意味は判る。
知らないふりをしたのは、私のやましさからだ。
そう口にする相手がどんな感情に苛まれているかも、私には理解できた。
(劣等感)
人が奢り高ぶる人間に見えたなら、自分が他人より劣っていると感じているのだ。
表裏だと知っていた。
苦笑して、頭がいいですねと呟く。彼は矢張り大人だ。
私の小賢しさがそう教えただけなのに。
私は被害者意識を手放せず、それゆえ背伸びをした子供なのだ。
彼も同じ匂いがした。
(生きてくれ)
もう一度、君に云いたくて上手く云えなかった。
替わりの言葉で、おやすみを云った。
私はそれほど優しくもないが、弱くあって欲しい擁に君は云うのだ。
独りで立てない君は何時も。他の誰かの陰を生きて。
苦しい熱い。腹立たしいと泣いていた。
(一緒に寝ましょう)と云った。
性が恐い筈の君の優しさが、響いて胸に突き刺さる。
手を、捕ることも出来たのに。甘やかせますよと云うのだが。
私は細く掠れた音に、喉を奪われ話せなかった。
(他の誰かは甘やかしすぎて駄目にしてしまったので)
本当は
君は優しい人だから。壊れないから。たまには寄り添って生きてみたい。
臆病な私を赦してほしい
(優しくするから。話せるから。変わるから。変われるから、関口さん)
ああ、君の声に、掴んでみたくなった。
優しさも笑い声もすきだ。痛いと云った囁きがすきだ。
君が苦しいうちなら、傍で支えることもできる。
私は君が思う以上に残酷で、傲慢なのだ。人を救えると考えたせいで、人の心を殺してしまった。
君は人を救おうとするが、私は人を見捨てて逃げたのだ。此処で、堕として一息に楽になんて。
私には出来ない。
君に視える私の陰は、可愛い色に覆われている。
云えなかった。信じようと信じまいと、それは君の勝手だったのに。
私にも視える。
だから君に手紙を出した。だから君は他の誰かも癒せと云った。
互いが近いと。それゆえ違うと。
私は君の擁に親切ではなく、怠慢から隠していたのだが。
君はその力を、他の誰かのために使えと云った。
私は君の憑き物落としを聴いて、君と同じことをしてしまったと云いたくなかった。
批判して言葉を貼付け。
目の前にいる人間も、心を読むが想いは視ない。その目を詠むが瞳は見ない。そうして生きて。
君に寄り添えば、今度は互いを傷つけてしまう。
久保君、頼む。生きていて欲しい。
もう二度と逢えなくても。
君が頑張れば私も変われる。
傍では駄目だ。わかってほしい。
君の言葉を聴くたびに、頼ってくれと願ってしまう。
私たちの想いは男女のそれとは違うが、
君が愛しくて、たまらないのだ。
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