【京極堂】
『相愛』
こちらから求めてはいけないと。
意地やプライドが邪魔をして言い出せずにいたが。
関口の手が後ろから伸び、
私の首筋に触れ、
同じ所に唇を這わせ、
ため息がでる程長い時間をかけて。
ゆっくりと撫で回した。
「関、、口」
目を閉じていてくれ、と。つくり笑いをする。
あまり器用ではないのだから、と。
「中禅寺」
呻いて応えると、抱き寄せ、両腕に抱え込まれた。
触れてくれ、と口にしたくて、何度も飲み込み。
その指が、唇を撫でて。
漸く、口づけを与えられた。
優しくできない、と耳に口を押し付ける。
「触れたくて、触れたくて、仕方なかった」
私は焦れて目を開け、振り返った。
「関口君」
崩れ落ちる擁に抱きしめられる。
何度もその名前を呼んで、抱き締めた。
君が思っているよりずっと、君のことを考えていた。
欲しくて、
望んでは諦め、
諦めては期待し、
もう何回痛みに身悶えしたか数えきれず。
今は痺れて、動けない。
すきだ、と云って欲しい。
恐れて言葉がでないのだと、歯痒い気持ちで接吻した。
掠れる温かさに「嗚呼」と云ったら、開いた唇を確りと塞ぐ。
倒れ込み、躯の重みで我に還った。
腕を背中から外すと、ぎくりと身を震わせ、私を見る。
以前にこういうことが、とやや高く響いた。
「馬鹿を云い賜え」
君こそやわだから、戦地で襲われたりしなかったのか。
関口は頭を振り、私の頬に掌を添えた。
「可笑しいな。白昼夢で君を抱いた」
夢だな、と。
学生のころをまるで忘れている筈の躯が、記憶を手繰り寄せる擁に私に触れる。
笑みがこぼれた。
(、、完全に忘れたと)
こんな小さな軌跡が嬉しい。
互いの間に流れる沈黙さえ、抱き寄せて無くした。
この瞬間なら、
今なら。
紡いでもいい。
言葉で君を縛ったりせず、素直に云える。
「愛してる」
君を愛している、と耳に吹き込んだ。
驚きで見開いた目に、笑いの色と泪が見え。
微笑んで、関口は云った。
愛してる。中禅寺。
終
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