【京極堂】


『慈愛』







なにより今は、








君の肌に触れずに戦場に来たことが悔やまれる。








中禅寺。










生きて帰れば


また違う関係を築けたろうか。







私は君を、酷く恋しいと想う。


別れ際に見せた君の。










君の眼が愛しくて痛い。
















おい、死ぬな。








赦さないぞ。





















すきだ、と


口だけうごかして


聞こえた筈はないのに、


関口は


ああ、


と。











「知っていたよ、中禅寺」















僕もきみがすきだ。


君の眉のしかめ方が、


細い指の爪長さや


体液の冷たくて


酸い感じなどが。



君が好きだ。












スウと


吸い込み過ぎたせいで


胸骨が軋みを上げ、


僅かに咳込む。




目が醒めて、






ああ矢張り夢だったか、と虚空を見た。










関口だった。












死ぬなと云ったその口で、

すきだ、と。











戻らないのか。







もう此処に戻ることはないのか。
















だったら何故




夢の中でさえ、




君は触れずに還るんだ。










不思議なことなどないのだから、



幽霊も亡霊も私には見えない。










手が届くところだった。


僕に触れずに、


何故。

















此処を離れたんだ?















ゆっくり時間をかけて、




手にした筈の君だった。










抱くのでも抱かれるのでも良い。




触れておけば、君は。





必ず戻って来ると信じられるのに。







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