【京極堂】


『時勢』







榎さんに赤紙が来た、と。







彼に知らせたのは私だった。











痛ましい。とは少し違った、複雑な表情を見せ。



何故かほっとしたような。













いずれ来ると知りながら、


いつまでも来ないが故に逆に


苦しかったのだと云うように。














中禅寺は瞼を閉じた。
















私には入り込めない何かがあると感じていた。それは今でも同じだ。




見せる部分が異なるだけで、本質が同じものでできでいる。












その頃まだ私たちは友人だったから。














彼の分身が榎木津であることに、妬みを感じても見ないふりができた。













「海軍らしい」



余りに彼が口を利かないので、私は心配になった。「聞いているのか?」



「ああ。聴いているよ」
















分かり合えるからこそ苦手とし。




片やより近づいて、片や距離を置き。

















どちらも不自然なくらいに関わりながら生きていた。




















非情になりきれず痛みを抱えたら。













頼ることが可能なのは、おそらく榎木津の前だけだ。















中禅寺の苦痛が何かを知る、こちら側の。







唯一の人間だからだ。






















「何を考えているのだね?」



中禅寺は眉根を寄せて、私に聞いた。



「いや。いずれ僕らも行くかもしれないと思ってね」


















彼は目を逸らした。



「理系学部だ、君は無いよ」



「.........中禅寺?」



「無い」
















私はその腕を捕らえた。



頭ごと彼方に向く顎を指先で触り、



自分の方に引き寄せる。





















君にそんな顔をさせるのではなかった。









振り向いた肩越しに僕を見て、
















一切の表情を無くしたのだ。






















すきだ。と、



私を見てそう云った気がしたので。



ああ。と応えたが、



それ以上は言葉にならなかった。




(僕も君がすきだ)







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